7年分の写真をまとめるだけの簡単なお仕事です、って言ったの誰だよ(誰も言ってないです)
ライターは読み捨てられる記事を書く。けっして卑下しているわけではない。作家が作品を積み上げて行くのに対し、ライターの記事は旬の話題を提供し、その後、短い時間で忘れ去られていく。作家の著作はストック、ライターの記事はフロー。そんな解釈がわかりやすいだろう。これは優劣の問題ではなく、仕事の質のちがいだ。
そうした中、ライター歴二十余年の自分に、めずらしく過去の記事をまとめる仕事が舞い込んだ。2011年からつづく玄光社「オールドレンズ・ライフ」をベースに、オールドレンズのアーカイブ本を作ろうというのだ。7年7冊分の写真を、1冊にまとめる。企画段階で相当なボリュームになることが想像できた。同時に、後に遺るタイプの仕事であることも予想できる。読み捨てられる記事ばかり書いてきただけに、ちょっと緊張感のある本作りだ。
●オールドレンズ・ベストセレクション[Amazon][玄光社]
出版社:玄光社
発売日:2018年2月19日
紙版価格:2,750円+税
電子版価格:2,650円+税
とは言え、写真と原稿はすでにある。イチから撮りはじめるわけではないため、それほど手間ではないだろう。そんな思いは早々に打ち砕かれた。レンズの整理からして途方に暮れる作業だからだ。1冊目のオールドレンズ・ライフから1ページずつめくり、レンズ名と掲載作例数、そして原稿の文字量を書き上げていく。オールドレンズ・ライフ7冊分、ひたすらエクセルと向き合う作業だ。このレンズリストを元に、作例の過不足を調べる。今回、すべてのレンズを見開き2ページで解説することにしたのだが、レンズよっては作例が1点しかないものが多数見受けられた。この足りない作例の補填作業にけっこうな時間を食う。作例1点追加するために、ハードディスクの中を何時間も徘徊するハメになった。
写真素材がそろったところで、今度は掲載順を決めなくてはならない。マウント、レンズ名、メーカー名、どのキーでソートするのが読みやすいか。また検索しやすいか。この掲載順を決める最中、レンズラインアップが気になってきた。オールドレンズ・ライフには未掲載だが、せっかくオールドレンズアーカイブ本を作るなら、ぜひとも載せておきたいレンズが出てきたのだ。ただし、本のページ数には上限がある。レンズを追加するなら、何かを削らなくてはならない。このあたりですっかりカオスな気分だ。
最終的に368ページ、172本掲載に確定した。オールドレンズ・ライフ2.5冊分のボリュームだ。けっこうな分量だが、ここまでくればあとは書くだけ。しかも今回は掲載原稿があるのだから手直しだけでOK、という考えは甘かった。オールドレンズ・ライフは常に何かしらの切り口を用意してオールドレンズを紹介している。たとえば「フルサイズ機で使いたいオールドレンズ」とか、「一度は試したいクセ玉の王様」という具合だ。当然ながら原稿も、特集テーマにそった書き方だ。いわゆるレンズレビューの形態が少ない。こうなると、原稿を流用するより書き下ろした方が早い。ただ、そもそもページ数が多い本なので、書いても書いても書いても書いても終わりが見えない。結局、年末年始返上で原稿を書くことになった。Facebookでぼやいていたのはこのことだ。
作り手が苦労すれば、その分読者メリットが大きくなる。これを信条にこれまで本作りをしてきた。今回の「オールドレンズ・ベストセレクション」はいつになく難産だった。きっとその分読者諸氏には楽しんでもらえると思う。索引やオススメアイコンで検索性を高め、アーカイブ本としての使いやすさを重視した。お目当てのレンズを探しやすいはずだ。
写真の本という側面では、7年という時間の積層に注目するとおもしろいと思う。ひとりのフォトグラファーが、オールドレンズで撮りつづけた7年の積層だ。オールドレンズというフィルターを通じて、様変わりした街、すでに失われたディテール、時間を隔てた同一の被写体、ベースボディによる描写のちがいなど、様々な要素が刻まれている。作例集なので写真表現的な価値があるわけではないが、そうは言ってもあるひと時代を切り取ることはできた気がする。個人的には、オールドレンズを通じたデジタルカメラの変遷という見方が気に入っている。PEN E-P1の焦点距離2倍に振り回された日々、NEX-5にGビオゴンを装着する緊張感、ライカM8のUV/IRフィルターによるシアンかぶりなど、デジタルでオールドレンズを使う道程はけっして平坦なものではなかった。撮影機材を拾い読みすると、ちょっと懐かしい気持ちになるはずだ。
オールドレンズの森は広い。本書に収録した172本で全体像を網羅できるとは思っていない。しかしながら、オールドレンズを楽しむキッカケには十分な数だと自負している。単に昔のレンズというだけではなく、現在のレンズと異なる描写傾向があり、なおかつそれが心地良く感じられるものを選んだ。書籍名の「ベストセレクション」は、そうした意味を込めている。