i1 Display 2 でカラーマッチング
一線を越えることにした。これまでhueyを使ったナンチャッテカラーマッチングでごまかしてきたけど、もうムリ! 1枚の色見本を出力するのに十数枚もプリントして、挙げ句の果てには何が正しい色なのかわからなくなり、こりゃもうカオス以外のナニモノでもない。そんなわけで、カラーキャリブレーションセンサーの国内業界標準、i1 Display 2を導入することにした。
【カラマネスペシャリストがやってきた!】
そうはいっても、ぼくはカラーマッチングの専門知識がない。それどころか過去の記事を見てもわかるとおり、相性のあまりよくないジャンル。困っていると、知り合いの写真家さんがカラーマッチングのスペシャリストを紹介してくれた。アドバイスをもらえるだけでもありがたいのに、自宅まで足を運んでセッティングしてくれるというじゃないか。こりゃもう業界人特権(笑)、ありがたくお言葉に甘えて、セッティングしてもらった。
その際、彼がこんなことを言った。「モニターとプリンタの環境が整うと、RAW現像が3倍楽しいですよ」と。このひと言は衝撃的だ。これまでぼくは、カラーマッチングにネガティブな印象しか持ていなかった。表示と出力の色を合わせるだけ。たったこれだけのために数万円も払うなんてありえない。i1 Display 2を買うのだって渋々だ。しかし彼は、とてもポジティブにカラーマッチングをとらえている。そう、写真をより楽しむためのカラーマッチング。そんなカラーマッチングスペシャリストの名言を交えつつ、なぜカラーマッチングやモニターキャリブレーションが必要なのか、最終的な落とし所はどこにあるのか、なんてことを探ってみたい。
【キャリブレーションの目標値を読み解く】
はじめにカラーマッチングスペシャリストはこう切り出した。「そもそも100点満点のカラーマッチングは原理のちがいから難しいのですが、85点レベルでかなり満足のいく写真の画像処理が楽しめます」と。ディスプレイはRGBの世界であり、印刷はCMYKの世界。液晶ディスプレイは自ら“発光”して発色するが、印刷物は外光を“反射”して発色する。ひと口にカラーマッチングといっても色の原理が異なるのだから、パーフェクトなマッチングは困難を極めるという。残り15点というのは、発色原理そのものの差異を吸収する必要があり、きわめて専門的な世界だ。写真に造詣の深い人であっても、85点のカラーマッチングでおおむね満足が得られるという。そこから先は必要に応じて詰めていくということになるだろう。まずはぼくの作業環境を列挙しておく。使用機材は以下の通りだ。
モニター:RDT261WH
プリンタ:PX-G930
キャリブレーションセンサー:i1 Display 2
i1 Display 2を用いたRDT261WHのキャリブレーション方法は、実は三菱電機のホームページに掲載されている。単純にキャリブレーション手順だけを知りたい人は、この上記URLのホームページで問題解決するはずだ。RDT261WHに特化した手順解説だけあって、同ディスプレイを確実に、しかも適切にキャリブレーションできる。ちなみに、上記ホームページの手順は、「モニターの写真とプリントした写真をほぼイコールにするためのキャリブレーション手順」だ。あくまでもプリント向けのキャリブレーションであり、ウェブ素材向けではない。再度強調しておこう。これはモニターとプリントをマッチングするための手順だ。こうしたことを踏まえた上で、この記事ではキャリブレーション手順の肝となる部分を掘り下げてみたい。
キャリブレーションの序盤、上のような画面が出てくる。これはキャリブレーションの目標値を設定する画面だ。ここの値を目標にモニター表示を調整していくことになる。基本的に前述の三菱電機ホームページの手順通りに設定すれば問題ないのだが、各値の意味を知りたいと思いませんか? がんばって解説してみます、ってできるんだろうか(汗)。
白色点
要は色温度を設定するのだが、問題となるのは何の色温度を設定すればよいのか、ということ。世間ではよく、ウェブは6500K、商用印刷は5000Kなどという。しかし、ここで設定する色温度とは、あくまでも屋内の色温度だ。屋内の色温度をキャリブレーションの目標値にすると、屋内照明下(自然光も含む)で画面の白とプリント用紙の白がほぼイコールになる。これが大切。もう一度くり返しておこう。画面の白と用紙の白をマッチングするのだ。より具体的にいうと、Photoshopで白い新規画像を作成し、その横に普段使っているプリント用紙を並べる。両者の白が近いものであれば、自ずと画面と印刷の調子が近づいてくるというわけだ。
ちなみに、この画面の後にアンビエントライト(環境光すなわち屋内照明)を測定する。白色点の目標値はそれに合わせて再設定可能だ。ぼくの環境を紹介しておくと、日中(窓からの自然光と屋内蛍光灯)で5200K、夜間(屋内蛍光灯のみ)は5500Kだった。よって目標値は5500Kに設定している。少々アバウトな設定だが、実はこの程度でいいらしい。先のカラーマッチングスペシャリスト曰く、プリントを前提とした場合、遮光カーテンと評価用蛍光灯で光の無菌室状態を作っても、必ずしもベストとはいえないそうだ。なぜか? 結局プリントした紙は様々なアンビエントライト下で観賞することになるので、光の無菌室状態で見た雰囲気と変わってしまうというのだ。プリントしたものをいろいろなアンビエントライト下で見て、おおむねOKが出せればそれでよし。この程度のとらえ方が現実的なのだろう。
ガンマ
写真を目的とした場合、Windows、Macともにガンマ値2.2が推奨値だ。AdobeRGB、sRGBともに、策定前提でガンマ値2.2になっており、実際にキャリブレーション後の画面とプリントを見比べた際、ほぼ同テイストに見える。Windowsはデフォルトが2.2なのでなんら問題ないが、Macのデフォルトはたしか1.8。Macユーザーがキャリブレーション後の画面を見ると、少なからず違和感をおぼえるかもしれない。しかし、画面とプリントのマッチングという観点からすると、これがベターな目標値となる。
輝度
これはディスプレイの明るさで、数字が大きいほどディスプレイの画面が明るくなる。写真プリントを前提とした場合は80~120cd/m2あたりが順当だという。写真プリントの明るさと画面の明るさが、80~120cd/m2を目標値にすると大体同じになるわけだ。ぼくの環境を例にとると、はじめ120cd/m2でキャリブレーションしたところ、プリントした写真が心持ち沈んで見えた。つまり、画面の方が明るかったわけだ。そこでカラーマッチングスペシャリストのアドバイスに従って80cd/m2に目標値を設定。これでキャリブレーションを行うとプリントと画面の印象がほぼイコールになった。こうしたオペレーションから見えてくるのは、画面コンディションをプリントに合わせていくというアプローチ。もちろんこの際のプリントとは、ICCプロファイルを読み込んでドライバ補正を無効化して行う。このあたりの手順も三菱電機のホームページに詳しく載っている。なお、ディスプレイ側のDVモードはテキストモードを選択しておこう。これで10ビットガンマ機能が有効になり、好結果が得られるようになる。
一通りキャリブレーションした結果が上の画面だ。色温度とガンマは目標値とジャスト。輝度はごくわずかに誤差が出ている程度で、RDT261WHの優秀さが際立つ結果となった。階調を示すグラフは、各色ともきれいな直線を描いているのが理想的。昨今の液晶パネルはおおむねきれいな直線を描くが、もし何度測定し直してもグラフが乖離したり極端に歪むような場合は、グラフィックボードの性能を疑った方がよいそうだ。ちなみにぼくの環境はNVIDIA GeForce 7600 GTを搭載。すでに旧式のグラフィックボードだが、これだけのグラフが描けていれば問題ないとカラーマッチングスペシャリストはいっていた。
このあとPX-G930のプリンタキャリブレーションも行った。ちなみに、エプソンの純正ICCプロファイルは素性がよく、カスタムプロファイルを作らなくてもおおむねOKだという。純正プロファイルとカスタムプロファイルでプリント結果を見比べてみると、シャドウ部の階調に若干のちがいが見てとれた。カスタムプロファイルは画面とほぼイコールであるのに対し、純正プロファイルはやや持ち上げている印象。おそらく暗部が見やすいように調整してあるのだろう。そうはいっても純正プロファイルで十分に画面の印象に近い。この状態になってはじめて、冒頭のスペシャリストの言葉――RAW現像が3倍楽しい――が理解できた。たとえば、RAW現像ソフトでこだわり抜いたトーンカーブを描くと、それがそのままプリントされる。シャドウがつぶれたりハイライトが飛んだりしない。そのまま出てくる。色味だってしかり。グレースケール化した画像にのせたわずかなブルー、その微細なトーンがしっかり出る。ちゃんとプリントしてくれるから、トコトン補正にこだわれる。そりゃRAW現像が3倍楽しいのも当然だ。
なお、スペシャリストはプリンタキャリブレーションについてこんなことを言っていた。「紙で遊べるようになるんですよ」と。一般に、“いい紙”を使わないとちゃんとした色が出ない、専用紙じゃないと正しく色が出ない、と言われている。しかし、プリンタキャリブレーションで各用紙に合わせてカスタムプロファイルを作っておけば、用紙の発色特性に煩わされることなく、おおむねOKなプリント結果が得られるわけだ。発色が一定ならば、光沢感、マット感、テクスチャなど、用紙の味を積極的に選べるようになる。純正用紙以外はグレーが確実に出力できるという保障がなく、人によって邪道に思えるかもしれない。そうはいっても、紙で遊ぶ――そっちの世界もずいぶんと楽しそうだ。
【色に覚醒したとき必要性が生まれる】
これまでぼくは、キャリブレーションとは守りの世界だと思っていた。色がちがうから合わせる。合わせて、終わり……。しかし、カラーマッチングスペシャリストからのアドバイスは、色が合うことで開かれる世界――RAW現像が楽しく、紙で遊べる――を教えてくれた。ぼくの自宅環境で彼が作業をはじめる前、こんなことを言っていた。「カラーマネージメントは一手段です。カラーマッチングが目的なんです」と。モニターとプリンタの色を合わせるために(カラーマッチング)、キャリブレーションセンサーで各機器の色空間のバラつきを調整する(カラーマネージメント)。この“手段”と“目的”の関係をしっかり理解しておけば、何をすべきかが自ずと見えてくるだろう。
たとえば、プリンタドライバの調整画面でディスプレイ表示にプリントを近づける――これだって立派なカラーマッチングだ。画面とプリントの色のちがいを見越して、RAW現像の段階で色味に手を加えておく。これも実践的なカラーマッチングといえる。しかし、こうした手探りのカラーマッチングは、画像ごとに調整が異なるし、それなりにノウハウの蓄積も必要だ。効率性を考えたとき、カラーマネージメントという手法がもっともスマートであり、なおかつ汎用性がある。キャリブレーションは必ずしも、色合わせの必須作業ではない。効率を求めたとき、忽然とその必要性に気付くものだ。
かつてhueyを導入したとき、その見やすい画面に感動した。プリンタとのマッチングもそれなりにとれているように感じた。しかしいま思うと、hueyはキャリブレーションツールではない。モニター自動最適化ツールだ。正しい表示ではない。あくまでも“見やすい”表示にすぎない。するとあの感動は、単なる錯覚だったのか……。
いや、そうとは思わない。あの当時ぼくは、色に対してhueyで事足りる程度の認識だったのだろう。プリントはプライベートに限られていたし、RAW現像もさほどシビアな調整ではなかった。ただその後、雑誌に写真を載せる機会が増え、モニター上の写真とプリント(この場合は雑誌の誌面だけど)のちがいが気になりだし、作例の色見本を付けるにあたってhueyでは完全に役不足になってしまった。結局、仕事で写真を扱うようになり、ぼく自身の色のとらえ方が変わってきたということなのだろう。
キャリブレーションされたモニターとプリンタは、たしかに理想的な環境だ。しかし、必須ではない。色は数値化できるが、それを感受する人間自身があいまいだ。青信号は青なのか緑なのか。キャリブレーションは、色への興味が必要性を喚起する。