Lightroom 1.0 ライバルとの距離
ベータテストから使ってきたAdobe Photoshop Lightroomがついに発売になった。RAW現像はSILKYPIXやApertureなど、他社が先行している分野。いくらグラフィック界の大御所Adobeといえどもアグラをかいてはいられない。すでにBeta3とBeta4でアウトラインは紹介してきたので、今回はライバルとの機能差に注目しながらその行く末を考えてみたい。
【版を管理できるスナップショット】
ぼくは根っからのSILKYPIXユーザーだが、今回Lightroomを購入しようと思った最大の理由がこいつ、スナップショット機能だ。1枚の画像に対して複数の版を保存でき、サイドパネルからワンクリックで切り替えられる。要は1画像複数仕上げが可能なのだ。類似機能をApertureが搭載していて、実はこの機能が使いたいがためにMacを買おうと本気で検討していた。しかし、Lightroomが同等機能を備えたので、当面はこいつを使ってみるつもりだ。
使い方はカンタン。適度に補正したところで、スナップショットの「+」マークをクリック。あとは名称を入力すればいい。ここでは1枚の画像からモノトーン、ポラロイド風、軟調を作ってみた(下の写真を参照)。SILKYPIXだと仕上げるたびに現像する必要があり、しかも元の設定に戻すのはずいぶんと手間がかかる。ワンクリックで版を切り替えられるのは大きなメリットだ。また、ヒストリーパネルでは作業の履歴がすべて記録され、こちらもワンクリックでその作業時点に戻すことができる。フォトショップではおなじみの機能だが、こうした履歴機能は安心感につながるので歓迎だ。臆せずゴリゴリと補正できるのがいい。
ただし、ひとつ不便な点も露呈した。Lightroomは項目ごとにリセットできないのだ。現像画面の右下に「初期化」ボタンがあるのだが、これをクリックするとすべての項目がリセットされてしまう。たとえば、コントラストだけデフォルトにしたい、色調だけ初期状態に戻したいという場合、Lightroomでは項目内のスライダーをひとつずつデフォルトに戻していくことになる。この点SILKYPIXは項目ごとのプルダウンメニューに「デフォルト」が用意され、ピンポイントかつワンクリックで初期化が可能。さほど手間のかかる機能ではないので、アップデートなどで対応してほしいところだ。
【貧弱なプリセット機能がプロ向けの証!?】
AdobeはLightroomの位置づけを、プロフォトグラファー向けとことさら強調している。フォトショップシリーズ内の写真家向けソフトということなのだが、そのせいかプリセットがひどく貧弱だ。モノトーン系が4つ、コントラストが4つ、カラーバランスにいたってはポジプリント調がひとつという寂しさ。とはいえ、アンティークグレースケール(中央画像)とポジプリント調(右画像)はなかなかインパクトのある風合いで、ワンクリックでここまで持ち上げてくれるのは爽快だ。
片やSILKYPIXは、項目ごとに選びきれないほどのプリセットを備えている。バージョン3.0では統合プリセット機能「Taste」も搭載し、この傾向はますます強まってきた。どちらが使いやすいかといえば、やはりプリセットが多いにこしたことはない。いろいろな風合いを気軽に試せるし、ハイアマチュアにとっては色作りの指標にもなる。Adobeの言い分としては「プロフォトグラファーなんだから色合いは自分で作りますよね?」ということかもしれないが、少なからぬ写真家たちがフィルムテイストな仕上がりを落とし所にしている現状を考えると、メジャーなフィルム調のプリセットぐらいは揃っていてもいいだろう。正直なところぼくのようなアマチュアは、Lightroomを前に悩んでしまうことも少なくない。プラグイン形式でいいからプリセットを増やせないものだろうか。
【モノトーンなのに色の魔術師】
Lightroomは色の魔術師である。これはBeta3の頃から繰り返しいってきたことだが、製品版を使ってよりその思いを強くした。カラースライダーが充実しているのはいうまでもないが、実はモノトーンも積極的な色作りが行える。といってもグレースケールミックスのことではない。明暗別色補正がたまらなくおもしろいのだ。
この機能はハイライトとシャドウで個別に、色相や彩度を調整するというもの。言葉ではうまく伝わらないので、中央の作例を見てほしい。これはプリセットでアンティークグレースケールを選んだあと、ハイライトの彩度を下げたものだ。これだけならナンてことはないが、さらにシャドウの色相を青に変えてみた。つまり、ハイライトは暖色、シャドウは寒色というイレギュラーなモノトーン写真が作り出せる。この自由度はLightroomならではのアドバンテージだ(この機能をクローズアップした記事を掲載しました。こちらも合わせてご覧ください)。
色の魔術師とはいえ、自由は使いこなせなければ意味がない。その点は十分に配慮されており、「どこを」「どうしたいか」といった直感的操作を実現している。この直感的操作という言葉はPC用語としてあまりに陳腐だが、常套句としてではなく、真の意味で直感的だ。カラー管理とトーンカーブのパネルに小さなポッチがあり、これをクリックするとマウスポインタの形状が変わる(左画像)。そして調整したい場所をクリック。そのままホールドしてマウスを上下すると、移動量にともなってカラーやコントラストが変化するというものだ。ここでは紫の花を選び、色相、輝度、彩度を上げてみた。通常ならば調整したい色をユーザーが把握し、自らスライドバーを動かす必要がある。しかしLightroomは単純に場所を指定すればいい。また、右パネルのヒストグラムとトーンカーブを直接マウス操作で調節できるようになり、ダイレクト操作という観点では他の追随を許さない。かいつまんで言うと、マウスでつまんで動かす。それだけでいい。
【フィルムスキャン派嬉し悲しの現実】
LightroomはRAW現像ソフトだが、JPEGやTIFFが読み込め、RAWデータと同様の補正操作が行える。この点実にボーダーレスだが、SILKYPIXのRAW BridgeのようにRAW化してくれるわけではない。単なるレタッチ処理をLightroomのインターフェイスで行うだけだ。とはいえオリジナルデータをイジらない非破壊編集の上、ゴミ取り機能がある。そう、以前「お手軽フィルムスキャンの法則」で紹介したゴミ取り後まわしができるわけだ。このゴミ取り機能はなかなか使い勝手がよく、ゴミをワンクリック→そのまま代わりに貼り付けたいエリアまでホールドして→マウスボタンを放すというカンタン操作。フォトショップのゴミ取りと逆操作になるということで物議を醸した機能だが、日常生活と照らし合わせたとき、こちらの方が理にかなっている。ゴミ取りとはまず、ゴミを取るのだ。真っ先に貼り付け画像(エリア)を選ぶというアプローチは、デジタル的発想にすぎない。
しかし、フィルムスキャン派にとって物足りない部分もある。それはシャープ機能だ。見ての通りシャープは単一機能のみで、ノイズ除去は輝度とカラーの二系統だけ。デジタルカメラ画像ならこれでもいいが、往々にしてシャープネスが甘くなるスキャン画像の場合、これでは心許ない。現像時にアンシャープマスクがかけられるわけでもないし、この点はSILKYPIXの完勝だ。まあ「フォトショップで調整してください」ということなのかもしれないが、1ソフト完結を売りにしたアプリケーションだけに惜しまれる部分ではある。
【追いつくためのバージョン1.0】
日頃SILKYPIXを使っているためそれとの対比に終始したが、布石としてのバージョン1.0という印象は拭いきれない。たしかに色彩コントロールの自由度は圧倒的であり、直感的操作、スナップショット、類似画像をひとまとめにするスタック機能など、機能面は充実している。その一方で貧弱なプリセット、申し訳程度のシャープおよびノイズリダクションなど、ウィークポイントも浮き彫りになった。こうしたメリット・デメリットを相殺すると、既存ソフトに追いつくためのバージョン1.0と思えてならない。
そもそもLightroomはAdobeがRawshooterを買収し、Apertureキラーとして開発を進めたものだ。クリエイティブオフィスともいうべき同社他製品とインターフェイスは統一されておらず、直感的操作にこだわりを見せる反面、カラープリセット不足や全面フチなし印刷未対応とビギナーに不親切だったり、どうにもぎこちなさが目立つ。どうやらこのソフトは、ハイアマチュアホームユーザー向けでも、グラフィッククリエイター向けでもなく、当初からAdobeが喧伝しているとおり、プロフォトグラファーだけをターゲットにしたソフトかもしれない。個人的な結論をいうのであれば、SILKYPIXとの併用はできる、が、乗り換えはできない。ゴミ取り機能を搭載しているから、おそらくフィルムスキャンした画像はLightroomを使うだろう。色彩コントロールがすぐれているので、特定色をピンポイントで操作したいときもLightroomを使う。ただ、デジタル画像を写真っぽく仕上げたいとき、ぼくは悩む。ベルビア、コダック、アグファ。記憶色重視や肌色補正などなど。落とし所はいろいろある。しかし、こうした色調をそのたびに作り上げていくのはけっこうな手間だ。直感的操作と最小ステップは、似て非なるもの。使い慣れているということもあるが、現時点ではSILKYPIXの方が短時間で、そしていろいろなパターンで現像を楽しめる。
商業写真のワークフローにおいて、Lightroomはきわめて有効なソフトだ。しかし写真を純粋に楽しむ大半のアマチュア写真家にとって、Lightroomが必ずしもベストとは言い切れない。操作性は数あるRAW現像ソフトなかでダントツにいい。プロフォトグラファーが必ずしもパソコンに精通しているわけではない、という認識にたっての設計だろう。つまりこれは、PCスキルを問わず使いやすいソフトだ。それだけに惜しい。
多くは望まない。プリセットを増やしてくれるだけでいい。
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