スキャナはかつて花形周辺機器だった。ずいぶんと昔、まだデジタルカメラがメガピクセル化する以前のこと。ウチにはCanoScan「LiDE 500F」という薄型CISスキャナがある。買ったのは2005年。雑誌から自分が書いたページをPDF化する際に使っているが、これを最後にスキャナを買うことはあるまいとタカをくくっていた。しかし、ポラロイドSX-70を買い、パノラマカメラHorizonを手に入れて、どうしてもちゃんとしたCCDフラットベッドスキャナがほしくなった。ちょうどプリンタの買い換えを考えていたので、キヤノンのハイエンド複合機「PIXUS MP960」を購入。さらにエプソンのハイエンドフラットベッドスキャナ「GT-X900」を貸してもらえることになり、一夜にしてスキャナ富豪に……。両機種を使ってみて、こんなことを思った。もっとスキャナは評価されていいはずだ。スキャナ今昔物語をかたってみたい。
【スキャナは本当に過去の遺物か?】
いうまでもなく、スキャナをイメージキャプチャデバイスの主役から引きずり下ろしたのは、高解像度化したデジタルカメラだ。単にデジタル画像を得るということであれば、デジタルカメラほど手軽なデバイスはない。スキャナはチリやホコリまでいっしょに読み込んでしまうし、色かぶりやシャープネスの甘さも気になる。こうした面倒臭さに嫌気がさし、スキャナに見切りを付けた人も少なくないだろう。かくいう自分もそのひとりだ。
そんなスキャナを再評価する気になったのは、パノラマカメラとの出会いだった。パノラマカメラHorizonは35ミリフィルムを使用するが、通常の35ミリフィルムカメラのひとコマよりも1.5倍ほど横長になる。こいつを紙焼きプリントする場合、通常のDPEショップでは受け付けてくれないし、かといってプロラボなどに出すと1枚あたりの単価がけっこうなお値段になってしまう。こういう変型フィルムを取り扱うとき、いまどきスキャナが威力を発揮する。透過原稿ユニット搭載、強力なゴミ取り機能、色補正は向上し、シャープネスもいい。こいつでササッと読み込んで、プリンタで出力。パノラマだけでなく中判フィルムについても同様のことがいえる。カメラ好き、写真好きにとって、最近のスキャナはものすごく値頃感のあるアイテムだ。
【ホワイトバランスがフィルムスキャンを救う】
前置きがずいぶんと長くなった。早速MP960とGT-X900でスキャン性能をくらべてみよう。用意したフィルムはHorizonで撮影したもの。コマが横長になるため、プロフェッショナルモードで読み込んでいる。スキャン解像度は2400dpi。ゴミ取り機能はオフにして、色補正や露出はデフォルトのままスキャニングしている。なお、保存形式はJPEGを選択し、SILKYPIX3.0でリサイズした。
PIXUS MP960(Time:2分56秒)
GT-X900(Time:52秒)
GT-X900 + SILKYPIX Developer Studio 3.0
MP960は一見しただけで青に転んでいるのがわかる。しかし、シャープネスはまずまずだ。GT-X900の発色はフィルムに忠実。シャープネスも高く、なによりスキャン時間の速さが圧倒的だ。発色についてはやや緑かぶりが気になるところだが、これはスキャナの問題というよりも、フィルムカメラゆえに屋内照明のせいで色が転んだと考えるべきだろう。
三枚目の写真はSILKYPIX3.0でホワイトバランスを調整し、シャープネスをかけてみた。たったこれだけの補正でグッと写真が引き締まる。ホワイトバランスの調整といっても、グレーバランスのスポイトで白いカーテンをワンクリックしただけだ。かつて色かぶりの補正といえばフォトレタッチソフトでカラーバランスを複雑に操作したものだが、ホワイトバランスというアプローチなら作業はいたって簡単。SILKYPIX3.0はJPEGをRAW化して現像できるので、画像劣化もさほど気にならない。フィルムスキャンの相棒として積極的に使っていきたいソフトだ。
【トイカメラならもっと気持ちがラクになる】
数年前からトイカメラがブームだ。スタンダードクラスのデジタルカメラが2~3万円で買えるこのご時世に、同じくらいの値段で銀塩トイカメラを買う人が増えている。昨今のブログブーム、フォトログブームを考えると、銀塩カメラを使っていても最終的な落とし込みはデジタルにちがいない。ポラロイドSX-70はけっしてトイカメラではないが、写り的に共通項があるので、スキャン例を載せてみよう。解像度は600dpi、その他の設定はパノラマのスキャンと同様だ。
左から、MP960、GT-X900、GT-X900をSILKYPIX3.0で補正したものの順に並べてみた。やはりMP960は青が強めに出る。一方GT-X900はややアンバーか。またスキャナドライバで「写真向け」を選んだところ、露出が若干落ちた。これは白飛び回避の方策だろう。ただここで注目してほしいのは、どちらのスキャン例も「これはこれでアリ」という事実だ。いわゆるトイカメラは、精緻な解像感、正確な発色を求めるものではなく、そもそもが雰囲気重視の写真。要は空気感イッパツだ。チリとホコリさえ気をつければ、少々の色かぶりは気にならない。シャープネスの甘さもかえって味を後押しするほどだ。三枚目の写真で着目すべきは、傾き補正と色合いだ。RAW現像ソフトはそもそもがトリミングや傾き補正、湾曲補正に長けている。スキャン時のズレを直すくらいならお手のもの。トイカメラ風の写真は色合いでフィルム調を選ぶと俄然雰囲気が増す。
なお、ゴミ取りに関してだが、これはスキャナドライバの機能に頼るよりも、スキャン前の手作業に時間をかけた方がいい。ブロアでしっかりホコリを飛ばし、原稿台はクリーニングクロスで拭いておく。ゴミ取り機能を使うとどうしてもシャープネスが甘くなるし、スキャン時間も長くなる。今回のスキャン例はすべてゴミ取り機能オフでスキャニングし、レタッチソフトでのコピースタンプ処理もしていない。スキャン前にひと手間かけるだけでホコリはずいぶんと減るものだ。
【いまあえてスキャナで銀塩を遊ぼう】
スキャナってこんなに楽しかったのか!? あらためてそんなことを思う。RAW現像ソフトとスキャナ、トイカメラとスキャナ。こうした関係性のなかで、現在のフラットベッドスキャナはとても魅力に満ちている。透過原稿ユニットを標準搭載し、発色やシャープネスは申し分ない性能を備え、そしてその値段は高くても5万円以下。ミッドレンジなら2万円台だ。スキャンが面倒で銀塩に踏み切れない人は、一日も早く思い切った方がいい。デジタルカメラとはひと味ちがう、写真機の楽しみが待っている。複合機を持っている人なら、手始めにトイカメラのフィルムをスキャンしてみよう。眠っていたスキャン機能の高性能ぶりに驚くはずだ。
こんなに楽しくて高性能な周辺機器が、このまま埋もれてしまうなんて耐えられない。ポラロイド社がHOLGAとコラボレートしたように、スキャナメーカーもトイカメラや銀塩カメラに歩み寄ってみてはどうだろう。うかうかしていると、トイカメラ風デジタルカメラが登場して最後の牙城まで失ってしまう。トイカメラブームを突き詰めれば、平成スローライフムーブメントに還元できる。デジタルなのにスローライフ――。そんなキャッチフレーズでスキャナ復権の日を夢見ています。