Polaroid SX-70 儀式という楽しみ
若い頃、YAMAHA SR400というオートバイに乗っていた。セルスターターはなく、いちいちキックスターターで始動しなくてはならない。デコンプレバーがあるのでさほど難しくはないが、真冬はなかなか火が入らず、かといって夏場はキックに失敗するとすぐにプラグがかぶる。面倒なことこの上ないオートバイだ。ただそれは、SR乗りにとって走るための儀式。手順を踏むことで走り出す心の準備が整っていく。ポラロイドSX-70をはじめて手にしたとき、そんなことを思い出した。
【インスタントカメラ-その言葉に騙された!?】
ポラロイドSX-70 FIRSTMODELは、1972年から1977年にかけて製造されたインスタントカメラだ。現在のポラロイド製カメラがそうであるように、撮影するとフィルム(感光紙!?)が吐き出され、じわじわと像が浮かび上がる。現像せずにその場で写真が見られる。当時は画期的な商品であり、デジタルカメラ全盛のいまでさえ、その特殊性は健在だ。
インスタントカメラという言葉は「誰でも手軽に撮れる」という撮影スタイルを想起させる。しかしそれは大きな誤解だった。特にこの初代SX-70は、きわめて写真機然としたカメラだ。赤いシャッターボタンの上にはフォーカスダイヤルがあり、マニュアルフォーカスでピントを合わせる。その反対側にあるダイヤルは露出補正用。約2絞り分の露出補正が行える。背面にまわるとファインダーがあり、上下二重合致式のスプリットサークルイメージが見える。シャッターを押すだけのカメラではない。ピントをMFで合わせ、露出を調整し……撮るための儀式は数多く、このカメラにはメカを操る楽しみが宿る。そしてシャッターを切った瞬間、目の前から像が消えた。そう、SX-70は一眼レフ。これがまたカメラ好きの心をくすぐる。
【フィルム生産中止でさらなる楽しみが!】
SX-70は専用フィルム「SX-70 Time-Zero」で撮影する。しかし、このSX-70TZは2006年3月で生産中止……。600高感度フィルムが代用品として使えるのだが、SX-70TZがISO150相当であるのに対し、600高感度フィルムはその名の通りISO600相当。そのままではハイキーな写真しか撮れない。そのためポラロイド社はNDフィルターを発売しているが、プラスチック製で透明度がわるいせいか、これを装着するとファインダーが暗くなって撮影しづらい。どうやって600高感度フィルムで快適に撮るか――ここに創意工夫の楽しみがある。ざっと調べてみたところ、以下のようなアプローチがあるようだ。
★透明度の高いNDフィルターを使う
SX70FOREVER(スイートロード)が透明度の高いガラス製NDフィルターを製作。マグネット式でレンズ部分に着脱できる。ただし、装着した状態でカメラ本体を閉じられないのが難点。
★フィルムにNDフィルターを貼り付ける
600高感度フィルムのカートリッジに自作NDフィルターを貼り付ける。ブラウン系のクリアファイルをカットしたり、OHPシートに任意の色を印刷して使用。手間はかかるが、ファインダーが暗くならない。SX-70 BLENDというNDフィルター付きの600高感度フィルムも登場。ただし、高い。
★600高感度フィルム対応に本体を改造
高感度フィルムでハイキーになってしまうのは、SX-70が高速シャッターに対応していないためだ。そこで本体を改造し、高感度フィルムでも適正露出を得られるようにする。ヤフオクではこうした改造済みSX-70がよく出品されている。また、日本ポラロイドで修理のついてで改造してもらったという事例も。
GR DIGITALの例を持ち出すまでもなく、カスタマイズの余地があるということは、趣味のカメラとしてとても楽しい。そもそも即時性が売りのポラロイドカメラだが、オートフォーカス全盛のいまとなってはずいぶんと手間がかかるカメラだ。そこに専用フィルム生産中止というフィルム式カメラの憂き目が……。細かいことを言えば、600高感度フィルム+NDフィルターで撮影しても、SX-70TZのような青みがかった写真は撮れない。スキャンしてホワイトバランスを調整するか、はたまた色補正用フィルターを自作するか。いろいろと想像は膨らんでいく。むろんこうした手間はSX-70本来のそれではない。面倒を楽しむなんてカメラオタクの倒錯といってしまえばそれまでだろう。ただ、撮る前から遊べるなんてステキじゃないか。フィルム、カメラ、撮影。1台で3つも楽しめるSX-70は、現在のデジタルカメラが失った写真機の匂いがする。
SX-70 first + 600 instant film(retouch)
●SX-70で撮った拙作はこちら。
Comments