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October 2006

October 21, 2006

Adobe Photoshop Lightroom Beta 4 日本語版

Photoshop Lightroom 1.0のレビューを掲載しました。

「この間ブログにLightroomのこと書いてましたよね。今度Beta 4 日本語版の説明会があるんですけど、行きます?」知り合いの編集者からそんな電話がかかってきた。もちろん行きます行かせてよ。とまあそんなわけで、写真は門外漢にも関わらず、プロフェッショナルフォトグラファー向けソフトの説明会に参加してきた。Beta 4 日本語版の新機能を紹介しつつ、改めてLightroomの方向性や位置づけを考えてみたい。

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Beta 4 日本語版ということで、当然ながらメニューや項目名は日本語表示になった。英語表記の方がかっこいい……なんてミーハーな気がしないでもないが、日本語メニューだと脳内変換不要で作業ができて気持ち的に楽だ。合わせてインターフェイスがモジュールごとに統一されている。左パネルがプリセット、右パネルは詳細設定。そして左上にナビゲータ(ミニプレビュー)を配置。これがライブラリー、現像、プリントといった各モジュールで統一され、効率よく作業が行える。また、読み込みや現像といった作業中は、左上(Adobe Lightroomのロゴがあるあたり)にプログレスバーを表示。インターフェイスはほぼこれで完成型だろう。

【マウスで直接グイッといじる】
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現像モジュールの新機能から見ていこう。実際の現像で即戦力になりそうなのが、ヒストグラムとトーンカーブの直接編集だ。マウスで任意のポイントをつかみ、そのまま動かすと明るさやコントラストがリアルタイムで変化する。可動エリアがグレー表示され、調整内容を視覚的に把握できるのも特徴だ。

特にトーンカーブが使いやすい。一般的なトーンカーブはポイントをいくつも指定して複雑なカーブを作り上げていくが、Lightroomのトーンカーブはハイライト、ライト、ダーク、シャドウと4つのエリアに分かれ、明るい所と暗い所をダイレクトに調整できる。「ひとつめのポイントで全体を持ち上げて、暗部にもうひとつポイントを置いて黒を引き締め、白飛びの様子を見ながらさらにもうひとつ……」といった手間が省けるわけだ。また、SILKYPIX Developer Studio 3.0のトーンカーブとくらべ、効きがマイルドな点も好印象。たしかにポイントタイプのトーンカーブの方が明示的に調整できるが、個人的にこのトーンカーブはかなりフィーリングが合う。

ホワイトバランスはカラーピッカーによるニュートラルカラーの設定ができるようになった。任意の場所にカラーピッカーを持っていくと、その場所のカラーに応じてナビゲータのホワイトバランスがリアルタイムに変わる。色合いを即座に確認できて使いやすい。Beta 3の現像モジュールはすべてスライドバーまかせだったが、Beta 4は要所要所でマウスを効果的に使って編集できる。この方向性は歓迎すべき変化だ。

【RawShooterの人気機能-バイブランス搭載】
2006年6月27日、アドビシステムはPixmantec社を買収した。PixmantecはRAW現像ソフト「RawShooter」で名を馳せた会社。アドビシステムRAW現像分野に本格参入と大きく報道されたのは記憶に新しい。そのRawShooterで人気を博していた機能が、Lightroom Beta 4に加わることになった。それバイブランスだ。

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ありていにいうと、バイブランスは肌色補正機能だ。肌色を気持ちよく持ち上げてくれる。本来ならばピチピチお姉ちゃんのセクシーショットでその効果を試したいところが、そんな気のきいたサンプルは手元にない。愚息の寝顔で我慢してください。左がバイブランスで補正したもの、右が彩度を持ち上げたものだ。バイブランスの方がより自然に肌色感が持ち上がっている。

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便宜上、肌色補正と表現したが、もう少し正確にいうと赤系を中心に彩度を持ち上げている。つまり、人物ショット以外にも、赤系、暖色系の写真なら気持ちのいい効果が狙えそうだ。夕焼けの写真で試したところ、彩度アップ(画像右)にくらべてバイブランス(画像左)の方がナチュラルな効果が得られた。ちなみに英語版のBeta 4ではnatural toneと表現しているとか。ナットクです。

【サイドカーごと写真バインダで出力】
Lrjp02ライブラリーモジュールの新機能ではバインダに注目したい。これはサイドカーごと写真を書き出す機能だ。この時点で多くの人が「ナニさサイドカーって?」と首をひねっただろう。LightroomはオリジナルRAWデータにサイドカーと名付けたメタデータを追加する仕様だ。このサイドカーには、現像作業のパラメータ、編集履歴(ヒストリー)、トリミング情報などが含まれる。オリジナルRAWデータに情報を追加するわけだが、これらの編集情報はテキスト形式で保存され、サイズは数KBに収まるとのこと。画像ファイルの容量アップは気にならないレベルだ。

写真バインダで出力すると、編集情報付きRAWデータをやり取りできる。将来的にLightroomがRAW現像ソフトのディフェクトスタンダードになった際、プロフェッショナルな現場ではかなり重宝するのではないか。個人ユーザーの場合も、撮影旅行中はノートパソコンで編集、帰宅後は書斎のデスクトップ機でじっくりと……といった場面で役立ちそうだ。ただ現実問題として、Lightroomを個人で2ライセンスも購入できる人は限られているだろうから、やはりプロユース向けのデータ受け渡し手段ととらえるべきだろう。

Lrjp03 ライブラリーモジュールに関連して、もうひとつ新機能を紹介しておこう。ライブラリーの動作を軽くするため、Beta 4では埋め込みプレビュー標準プレビューの作成が選択できるようになった。早速埋め込みプレビューで使ってみたのだが、それでも重いものは重い……。百枚単位の写真はハンドリングできるものの、千枚単位は非現実的な重さだ。プロジェクト単位はOK。でもフォトマネージメントはちょっと……といったところか。いっそLightroomと連動する高速ビューワをリリースしてくれればいいのに、なんて思ったりもする。

【ちょっと便利な他ソフト連携機能】
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デジタルカメラ分野のプチブームといえばGPS。ソニーがデジタルカメラ向けに売り出したGPSレシーバ「GPS-CS1K」は、いまだ品薄状態がつづいている。Google Earth上にGPS情報付き写真を表示するといった応用的な使い方も一部では流行っているようだ。写真とGPSは今後急速に密接になっていくだろう。Lightroomもそうした動向をとらえ、ExifデータのGPS観測位置をクリックすると該当箇所をGoogle Mapsで表示してくれる。GPS付きデジタルカメラはリコーぐらいしか発売していないが、GPSケータイの写真でとりあえずはこの機能を使ってみるといいだろう。撮った場所をあとから視覚的に確認するというアプローチは、これまでにない体験だ。

Lrjp09スライドショーモジュールではiTunesとの連携が可能だ。音楽ファイルのあるフォルダを指定すると、BGMを流しながらスライドショーが再生できる。早速試してみたのだが、筆者の環境ではうまく再生できなかった。また、操作性という点ではフォルダを直接指定する必要があり、ちょっと面倒な印象を受けた。iTunesのライブラリー情報を取得してプルダウンメニューなどから選べると便利なのだが。プロジェクタを使って展示会で発表、なんて妄想ふくらむ機能だけに、使い勝手の洗練を期待したい。

【すべてをこの一本で――がコンセプト】
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Lightroomの特徴は、写真整理から現像、そして見せるという最終的な落とし込みまで網羅している点だ。その見せる機能に新しくWebモジュールが加わった。サムネイルと拡大表示というおなじみのHTMLページ、さらにはFlashを使った動的なスライドショーページがほぼ自動で作れる。もちろんFTPサーバーを設定しておけばそのままアップロードも可能だ。現実的な話をしてしまえば、かっこいい写真サイトを作るならデジタルステージ「ID for WeblLiFE」にかなうものはないし、ウェブ上の写真公開はブログやフォトログに移行している。それゆえにどの程度のニーズがあるかは疑問だが、ホームページ作成ソフトの使い方をおぼえなくてもウェブ上で写真公開できるのはたしかにメリットだ。

なお、LightroomはRAWデータだけでなく、TIFF、JPEG、PSDファイルの現像も可能だ。しかし正確には、レタッチ処理であって現像ではない。レタッチ処理を現像パラメータに落とし込んでの編集にすぎないのだ。この点はSLIKYPIX 3.0のSILKYPIX RAW Bridgeと根本的に異なる。SILKYPIX RAW BridgeはJPEG/TIFFのイメージを16ビット拡張してRAW化。その上で現像処理を行う。たしかにJPEGを扱えるという点では同じだが、仕上がりは別物と考えた方がいいだろう。

LightroomがApertureの対抗馬として開発されたのはよく知られるているところだ。ワールドワイドで展開し、Win/Mac両対応のLightroomはたしかにもっともディフェクトスタンダードに近いRAW現像ソフトといえる。ただし日本国内に関してはSILKYPIX Developer Studio 3.0という優秀なRAW現像ソフトがあり、プロフォトグラファーからアマチュアまで、多くのユーザーから支持を集めている。整然としたインターフェイス、スライドバー主体の統一感のある操作性、そして「整理、現像、披露」というオールインワン仕様。たしかにLightroomの方が洗練されているが、こと現像の自由度という点でSILKYPIXの方が先を行く。SILKYPIXとLightroom、どちらが日本のディフェクトスタンダードに君臨するのだろう。一太郎 vs ワードの構図、それを思い浮かべてしまったのは筆者だけだろうか。

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October 14, 2006

父と祖父のSuper-Takumar

Dpp_0203_1 まだ小さかった頃、おそらく小学校三年生か四年生くらいだったと思う。うちに大きなカメラがあった。長いレンズをつけてファインダーをのぞくと、遠くのものがバッと迫ってくる。シャッターはおりないが、望遠鏡代わりのいいオモチャだった。あれはたしかアサヒペンタックス。かすかにそんな記憶があった。
「むかしウチに一眼レフあったよね」
「いまもある。捨ててない」
 そういって父親は整理棚の奥やクローゼットを探し出す。ただ、あのカメラが残っているとは思えなかった。転勤族だった父親は、引っ越しのたびに大量の荷物を捨ててきた。父親だけじゃない。こどもであるぼくらも思い出一掃を余儀なくされた。小さい頃の思い出の品といえば、通知票と卒業アルバムぐらい。そんなもの思い出とはいえない。ミクロマンと超合金のコレクション、あれは残しておきたかった。
「かあさん、あのカメラどこにしまった」
「どのカメラ?」
「結婚記念の」
「それなら下駄箱」
「ああそうだ、下駄箱だった」
 アタマを抱えた。仮にも精密機器たる一眼レフが、どうしてよりによって下駄箱なんだ。しかも当たり前のように下駄箱と言ってのける母親と、それを聞いて同じく当たり前のように納得する父親の姿。断じて下駄箱は、カメラに相応しい保管場所ではない。
「ほらあった」
 父親が下駄箱の奥から腕を引き抜く。その手には白いポリ袋のかたまりが握られていた。白い――という表現は正しくない。褐色に薄汚れ、どうみてもゴミ同然の扱いだ。それでも彼は満面の笑みを浮かべ、ぼくにポリ袋を差し出す。絶望的な気分でぼくは、アサヒペンタックスSP、世界的なベストセラー一眼レフと約三十年ぶりの再会を果たした。

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 自宅に帰り、早速中身を点検する。ポリ袋を上からのぞくと、頑丈なレザーケースがふたつ身を寄せ合っている。標準レンズ付きのボディと望遠レンズ。ケースの上からでもすぐにわかった。思い出のなかの姿そのままだ。ケースを開けるとカビ臭く、改めて絶望的な気持ちになる。アサヒペンタックスSPにはSuper-Takumar 50mm/f1.4が装着してあった。望遠レンズはSuper-Takumar 135mm/f3.5だ。SMC(スーパーマルチコーティング)じゃないところが時代を感じさせるが、タダで手に入れたレンズ、贅沢はいうまい。
Dpp_0207 ボディを手に取りかまえてみる。ファインダーに光はない。シャッターも死んでいる。レンズを外すとミラーアップしたまま動かない。完膚無きまでにジャンク。まあいいさ、そもそもボディに興味はない。
 このカメラを思い出したのは、きわめて不純な動機からだ。EOS 20D用にM42マウントアダプタを手に入れたものの、レンズをホイホイと買うだけの金銭的余裕はない。知り合いに古いレンズ持ってる人いないかなあ。そんなことを考えているとき、小さい頃にカメラで遊んだ記憶がよみがえった。ロゴはアサヒペンタックスだったはず。プラクチカマウント機。M42マウントアダプタでいける!
 レンズを蛍光灯にかざしてみる。Super-Takumar 50mm/f1.4はチリや黄ばみが気になるが、実用レンズとして使えそう。Super-Takumar 135mm/f3.5をのぞく。視界にモヤがかかる。目の焦点を前後に動かし、レンズ一枚一枚を調べていく。いや、調べるまでもない。カビだ。しかもたっぷりクモの巣状。望遠レンズを机に置き、ため息をつく。クリーニングに出すくらいなら、中古で程度のいいものを探した方が安い。Super-Takumar 135mm/f3.5とボディは捨てるか……。タバコに火をつけ何気なくカメラケースを手に取る。後ろにイニシャルが記してあった。父親じゃない。これは祖父のイニシャルだ。

Dpp_0201  祖父はカメラ好きだった。父親から聞いた話だが、国内輸入初号機のライカを持っていた――それが彼の武勇伝だ。業界の有名人と対談してそれが雑誌の記事になったこともあるらしい。ことの真偽はわからないが、その初号機と思われしライカの行方なら知っている。
 父親がまだ小さかった頃の話だ。寒い冬の朝、寝ションベンをしてしまったらしい。女中が気をきかし、火鉢でぬれた布団を乾かす。数時間後、布団に引火した炎は部屋を焦がし家を焼き、ついには隣の家まで類焼した。焼け残ったライカは賠償金代わりとして、隣人の手に渡る。そして祖父は無一文になった――。
 この逸話から、ぼくはいくつかの事実を知ることになる。どうやらぼくの家系は、女中を雇うほどに裕福だったらしい。当時のライカが火災の賠償金になるほど高額だったことを考え合わせると、祖父はそうとう贅沢な暮らしをしていたわけだ。ただ、自分の息子の寝ションベンがきっかけで、彼は無一文になった。誇張なくいっておこう。文字どおり、無一文だ。
 金持ちから文無しに転落した祖父は、その後吝嗇家として一生を終える。ぼくは祖父からお年玉をもらったことはないし、どこかに連れていってもらった記憶もない。彼の内に、孫のためにお金を使うという考えは毛頭なかったのだろう。目に入れても痛くない孫でさえそうなのだ。息子に至っては言うまでもない。そのことをカメラケースのイニシャルが、雄弁に、そして残酷に物語る。

Dpp_0205_1 そもそもこのアサヒペンタックスSPは、父親が結婚記念のプレゼントとして恩師からもらったものだ。これをプレゼントした人はきっと、新しい生活の記録をこのカメラで撮りなさいという気持ちで贈ったにちがいない。世界的ベストセラー一眼レフとSuper-Takumarのレンズセット。おそらくEOS Kiss Digitalのレンズキットよりも格上だ。父親は写真とまったく無縁の人だが、恩師の気持ちはことのほかうれしかっただろう。なにしろ「結婚記念にカメラ」という発想がすてきだ。
 ただ父親は、このカメラで一枚も写真と撮っていない。どうせ写真に興味はないだろうと、祖父が取り上げてしまった。代わりに手渡されたコンパクトカメラは、一ヶ月もたたずに壊れてしまったという。
「カメラだけじゃない。結婚祝いは金からモノまですべて没収」
 これまで幾度なく聞かされた父親の恨み節だ。祖父いわく、これまでかかった学費を返せ、ということらしい。結婚祝いの品で唯一手元に残ったのは、大学のゼミの人たちから贈られた一輪挿しだけだという。その一輪挿しはぼくが反抗期に、木っ端微塵に割ってしまった。ごめん、おやじ、知らなかったんだ。

 ペンタックスSPとSuper-Takumarは、その後十年ほどして父親の手元に還ってくる。シャッターがおりない状態で――。返したんじゃない。壊れたから押しつけただけ。
 そんなことも知らずにぼくは、ペンタックスSPを望遠鏡代わりに遊んでいた。父親はカメラで遊ぶぼくを見て、いったいどんな思いだっただろう。写真に興味のない人とはいえ、やるせない気持ちだったにちがいない。だからこそこのカメラは――下駄箱のなかとはいえ――幾度の引っ越しを乗り越え今日この日まで、捨てずに父親の手元にあった。

 撮ってみるか。

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EOS 20D + Super-Takumar 135mm/f3.5

 Super-Takumar 2本とEOS 20Dで出かける。チリも黄ばみもクモの巣状のカビも気にせず、とりあえずシャッターを切る。RAWデータをパソコンに取り込み、思わずうなる。彩度もコントラストも低い。SILKYPIXでゴリゴリといじり倒す。銀塩時代からのカメラ愛好家は過度のレタッチを嫌うようだが、デジタルからカメラをはじめたぼくは一向に気にしない。発色や調子はレタッチでどうにでもなる。デジタル時代のレンズ性能差は解像力のみ、とまではいわないが、躊躇なく画像をこねくりまわす。

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EOS 20D + Super-Takumar 50mm/f1.4

 だが、いつもと勝手がちがった。どれだけ彩度を持ち上げても、どれだけシャープネスをきつくかけても、いまどきの絵に近づかない。単層コーティングのレンズはこういうものなのか。ならばとセピア調に変換しても落ち着きがわるく、レトロタッチな処理は受け付けない。あえていえば昭和の空気感から離れようとしない。現代でもない。近代でもない。ヴィンテージな懐かしさや温かさもない。どの写真も魂が抜けていた。喪失感――少し近づいた気がする。虚無――きっとそれだ。

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EOS 20D + Super-Takumar 135mm/f3.5

 父と祖父の確執が、ぼくにそうした写真を撮らせるのか。故意に薄ら寒い被写体を選んだつもりはない。明るい日射しを浴びた花でさえ、生気が抜け落ち白蝋のようだ。一枚も写真を撮らなかった父。趣味のために息子からカメラを取り上げる祖父。そして躊躇なくレンズの味を踏みにじるぼく。写真は「真実を写す」と書く。目の前の事実ではなく、撮る者の、内にある真実を写しとる。きっとそういうことなんだろう。

Lr_mg_4716_1  ためしにGoogleで、祖父の名とライカで検索をかけてみた。雑誌のインタビュー記事にはたどり着けなかったが、「降り懸かる火の粉は拂はねばならぬ」という抜き刷りがヒットする。1936年、アサヒカメラ誌上でライカ vs コンタックス論争があったらしく、その抜き刷りなかで祖父は、ライカがいかにすばらしいカメラであるかを熱く語っていた。
 祖父はペンタックスSPとSuper-Takumarで、どんな写真を撮ったのだろう。ぼくは祖父の写真を一枚も、見せてもらったことがない。

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October 09, 2006

Google Toolbar という個人ポータル

いま、Google Toolbarが熱い! と書いたら失笑する人がいるかもしれない。なにしろウェブブラウザ用のツールバーといえば、巨大ポータルブーム末期の名残。いまさらツールバーもないだろう!? 仰せのとおり。しかし、昨今のウェブ全般のトレンドを見ていると、いまこそツールバーと思えてならないのだ。

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【ブックマークを同期する!?】
Google Toolbarの気に入っている点は、まずソーシャルブックマーク「Googleブックマーク」にアクセスできるところ。ソーシャルブックマーク(SBM)とはウェブスペースにブックマーク(IEでいうところのお気に入り)を登録し、みんなで共有しようというWeb2.0的サービスの代表格だ。発想はたしかにおもしろい。他人にブックマークはちょっと覗いてみたくなる。人の家に遊びに行って本棚を眺めるような気持ちとでもいおうか。しかし、実用面ではさほど興味をそそるものではない。自分のブックマークを呼び出すためにわざわざ特定URLにアクセスする必要がある。だったらIEのお気に入りでいいじゃん。単純にそう思えてしまう。

そこでGoogle Toolbarだが、こいつはGoogleブックマークを直接呼び出せる。上の画像を見てもらえばわかる通り、IEのお気に入りと同じようなルック&フィールだ。フォルダ管理(というよりはタグ付け)もできるし、IEのお気に入りのインポートすることも可能。そして何よりも、Google Toolbarをインストールしておけばどのパソコンからも呼び出せる。これが重要だ。

会社と自宅、さらにモバイル用のノートパソコン。ひとりで複数台のパソコンを使い分けている人も少なくないだろう。IEのお気に入りはエクスポート/インポートこそ対応しているが、シンクロ(同期)は行えない。その不可能をGoogle Toolbarが実現する。いつどこからでも自分の最新ブックマークにアクセス――これは気持ちがいい。

【メーラー要らずでマシンリソースを節約】
ふたつ目はGmailを扱える点だ。Gmailについてはもはや説明不要と思われるが、大容量2.5GB超のメールボックスがもらえるフリーのウェブメールだ。Google ToolbarはこのGmailのウェブメール画面に移動するだけでなく、プルダウンメニューで件名リストが確認可能。さらに新着メールがあればアイコンのデザインが微妙に変化する(ホントに微妙でわかりづらいけど)。メインのメールアドレスをすべてGmailに転送しておけば、ブラウザのツールバーでメールチェックできるわけだ。

もちろんメールソフトを撤廃してGoogle Toolbarに移行するのは勇気がいるだろう。ただ、ちょっとした緊急時にこいつはすごく便利なのだ。先日、仕事の関係でGoogle Earthを四六時中使っていたのだが、このソフトがとにかく重い。重いだけならまだしも、いまどきのソフトにしてはめずらしく、フリーズしたりクラッシュしてくれるのだ。やむなくメールソフト、BGM用のiTunes、その他常用ソフトを尽く終了し、Google Earthと下調べ用のウェブブラウザ1画面だけで作業を続行。その際、Google Toolbarのおかげでメーラーなしでもリアルタイムにメールチェックが行えた。それ以来、重いソフトを使うときはいつもGoogle Toolbarに頼りっぱなしだ。RAW現像ソフトを使うときなどは、メールソフトを終了するだけでずいぶんと体感速度が向上する。むろん、ローカルのメールボックスにデータを貯めすぎているのもメーラーが重い原因と思われるが。

【カスタマイズしてGoogle漬けだ!】
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この他にはGoogleカレンダーならスケジュールが、Google Reader(RSSリーダ)なら新着エントリーがプルダウンメニューで確認できる。実はツールバー左端の「Google」マークでGoogleが提供する個人ポータル「パーソナライズドホーム」にアクセスできるのだが、もはやその必要すら感じられない。とにもかくにもツールバーのアイコンやプルダウンメニューだけで事足りてしまうのだ。なお、Gmail、Googleカレンダー、Google Readerに関しては、「ツールバーにボタンを追加」アイコンをクリックして設定ページからボタンを追加する必要がある。このカスタマイズ自体は大した手間ではないので、自分の利用しているサービスをどんどん追加していくといいだろう。

【ツールバーが個人ポータルを駆逐する】
さて、昨今のインターネットは個人ポータルが一大ブームだ。古くはMy Yahoo!、新しくはWindows Live、そしてGoogleのパーソナライズドホームも個人ポータルである。個人ポータルとは、手っ取り早くいえばWeb2.0的サービスの寄せ木細工だ。いまや星の数ほどWeb2.0的サービスが登場しているが、使用頻度の高いものをひとつのページにまとめ、個人が必要とする情報を1ページで閲覧できるようにした仕組みである。筆者も前出の個人ポータルはすべて登録してそれぞれカスタマイズしているが、Google Toolbarを使いはじめてからというもの、すっかりアクセスする回数が減ってしまった。ツールバーのアイコンからほしい情報がすべてとれるのに、どうしてわざわざ特定ページを開く必要があろうか。

Web2.0は草の根的なムーブメントだ。いわゆるベンチャーである。片や個人ポータルは、巨大資本主導による次世代指向のビジネスモデルだ。また広告収入ですか? と皮肉のひとつも言いたくなるが、ユーザーはそうした企業サイドの思惑とは別にもっとシンプルな行動原理で動いている。より便利なものを使う――それだけ。筆者個人にとっては、新着メールを確認でき、ブログの新着エントリーが読め、ブックマークがいつでも呼び出せるGoogle Toolbarこそがポータル。いわゆる個人ポータルにアクセスする必要性を、いま感じていない。

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October 06, 2006

Google Earth 風景が事実に変わる瞬間

Google Earthをご存じだろうか。より正確に問うならば、おぼえているだろうか。バージョン4.0の日本語版がリリースされ、「日本語版なら試してみようかな」と、重い腰をあげてみたというのが正直なところではないか。はじめて登場したときは革新的ソフトウェアと騒がれたものだが、大半の一般ユーザーにとってGoogle Earthは、その程度のものだと思う。

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【見るだけ……はつまらない】
全世界の衛星写真を見られるというのは刺激的だが、閲覧するだけでは案外すぐに飽きてしまう。ちなみに上の画像は、3D Warehouse ネットワークリンクでビルを3D表示したものだ。「へえ、Google Earthってこんなこともできるんだ」と興味を示す人がいるかもしれない。そして実際に、ダウンロードして3D表示を楽しむ人もいるだろう。一二時間は熱中できる。なにしろ世界中の建物をリアルに3D表示できるのだから。でも果たして、その人は明日も明後日も世界中の3Dビルディング巡りに熱くなれるだろうか。かけてもいい、閲覧ソフトとしてのGoogle Earthは、そんなにおもしろいものじゃない。

【衛星写真は基礎データに過ぎない】
衛星写真の閲覧ソフト――そうとらえている人にGoogle Earthの本質は見抜けない。Google Earthとは、場所というデータベースに各種情報をマッピングしてこそ真価を発揮する。衛星写真そのものが目的ではない。衛星写真は基礎データベースに過ぎず、そこにどんな付加価値を載せられるかが重要なのだ。たとえばWikipediaで調べものをしていると、その場所の情報がほしくなる。エジプトのピラミッドについて調べていたとしよう。Wikipediaを使えばすぐに詳細な情報が手に入る。ピラミッドの写真も見ることができる。しかし、エジプトのどこにあるのか、という肝心な点は思いのほか曖昧だ。申し訳程度の地図はある。でも、詳細な地理情報は得られない……。

早い話、Wikipediaの各項目に緯度経度が明記してあれば、即座にGoogle Earthで現地の写真を見ることができる。Wikipediaは膨大な情報を蓄積しているが、場所という概念とのリンクはあまりに気迫だ。せめてGoogle Mapsにリンクでも張ってくれ、とボヤきたくなる。誤解を恐れずにいうならば、いま我々を取り巻くさまざまな情報は、リアルな場所から浮遊している。最近でこそマップサービスに各種情報を付記できるようになってきたが、所詮ベースになっているのは地図という間接的な情報だ。せっかく、Google Earthという全世界を写真で閲覧できるツールがあるのに――。

【写真に意味を添えるWikimapia】
と、嘆いていたら、Google Earthと情報をダイレクトに結ぶツールがあらわれた。それがWikimapia data feederだ。Wikimapiaとはそもそも、Google Mapsを使って場所に関する情報をユーザーが書き加えていくサービスだ。その情報部分をGoogle Earthで表示できるようにしたのが前述のWikimapia data feederである。と、言葉で説明してもわかりづらいので、具体例を見てもらおう。

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この写真はドバイの海岸線で見つけたものだ。一見するとエイリアンの子供のように見えなくもない。Google Earthだけだと、「へえ、世の中にはおもしろいものがあるねえ」で終わってしまう。そこでWikimapiaの出番だ。

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WikimapiaをONにすると、プレイスマークのアイコンがあらわれる。これがユーザーによって書き込まれた情報だ。プレイスマークの名前から察するに、このエイリアン風の土地はパームアイランドというらしい。さらにプレイスマークをクリックすると、ブラウザで詳細情報が確認できる。2002年に着工し、2007年後半に完成予定。そんな情報が読み取れる。肝心の「パームアイランドって何さ!?」という疑問は残るが、それはウェブで検索すればいいだけのこと。「ドバイ パームアイランド」で検索すると、リゾート向けの人工島だと判明した。さらに公式ホームページにも簡単にたどり着けた。

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さらにもう一例。左の画像はGoogle Earthで北朝鮮上空を表示したものだ。なにやら物々しい建物が点在し、かなり怪しげな土地である。Google Earthだけだと、「やっぱ北朝鮮は怪しい」で終わってしまう。Wikimapiaで情報表示してみると、nuclear、plutonium、Yongbyonの文字が見て取れる。日頃ニュースを見ている人ならピンとくる。寧辺の核関連施設プルトニウム再処理施設にちがいない、と。

衛星写真がつまらない理由は簡単だ。写真は風景にすぎない。たしかにGoogle Earthの衛星写真には、山火事、交通事故の瞬間、沈没船、未確認飛行物体(!?)など、いろいろとドラマチックな場面が写っている。しかしそうしたドラマは結局、写真を見ている人の憶測であり創作だ。いま一度冷静に考えてみよう。写真に写っているものは、虚構でも推測でもない。まぎれもない現実だ。にもかかわらず我々は、写真から現実を読み取れない。現実の影絵から物語りを組み立てることしかできない。

Wikimapiaの情報は、実のところ密度に欠ける。せいぜい名前がわかる程度だ。詳細情報を得られるポイントは限られているし、基本的に現地語なので情報収集にも言語的な限界が見え隠れする。ただ幸いなことに、いまのインターネットは名前さえわかれば大量の情報収集が可能だ。Google Earthで俯瞰したビル群は、そのままでは「ビルが密集する場所」に過ぎない。しかし、そのビルひとつひとつの名前がわかれば、そのエリアの意味が見えてくる。ただの風景が、意味をともない事実に変わる瞬間だ。

写真に情報が加わったとき、風景は事実に変わる。生の世界(リアルワールド)をのぞく窓――それがGoogle Earthの本質だ。

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