ハイビジョンの売り方
松下電器産業が世界初のBDビデオ再生機「DIGA DMR-BW200/BR100」を発表した。むろん、Blu-ray Disc(ブルーレイディスク)にデジタル放送を録画できる渾身のBDレコーダだ。しかし、BD録画機はソニーが2003年に「BDZ-S77」をリリースしてしまっている。よって世界初BDレコーダとは謳えず、世界初BDビデオ再生機と締まりのないキャッチフレーズになってしまった。ソニーに先んじてBDレコーダを投入したというのに、松下電器産業にとっては口惜しい話だ。
世界初といえば、次世代DVDの先陣を切った東芝も冴えない。世界初のHD DVDプレイヤー「HD-XA1」、世界初のHD DVDレコーダにしてマニアしか買えない高額プライスが度肝を抜いた「RD-A1」を矢継ぎ早にリリースしたものの、最近はすっかりナリを潜めている。HD DVD有利とのウワサはあまり耳にせず、このところ「次世代DVDの本命はブルーレイだね」という論調が強まってきた。Blu-rayは2層50GBという大容量、最大40Mbpsという高ビットレートが強み。しかもコンテンツホルダーが多数陣営に加わり、盤石の体制を築く。そうそう、パソコン向け次世代DVDドライブもブルーレイが先行している。
こうなると気になるのがソニーの動向だ。ソニーが近々BDレコーダを投入するのは自明の理。ボーナス商戦か、年明けか、それはまだわからないが、それなりにインパクトのある製品を投入してくるだろう。加えて本年11月11日には次世代ゲーム機「PS3」の発売が控えている。下位モデルを49,800円に値下げし、なおかつHDMI端子を搭載。ハイビジョン仕様の薄型テレビが普及した今、手頃なBDプレイヤーとして普及に期待がかかる。そこで改めて考えてみたいのが各社のハイビジョン戦略だ。たとえば次世代DVDレコーダひとつにしても、単にデジタル放送の受け皿として発売するのか、それともハイビジョン全般の受け皿と位置づけするか……。温度差が微妙に異なるように思えるのだ。
【ソニーのハイビジョンエコシステム】
昨今デジタル家電のトレンドといえば、薄型テレビとレコーダの連携機能だ。リモコンひとつでテレビとレコーダを操作でき、視聴中の番組をワンボタンで録画したり、録画済み番組を見る際もリモコンを持ち替えて操作する手間がない。松下電器産業のビエラリンク、シャープのアクオスファミリンクが代表的だ。最近はこの連携機能を見込んで指名買いする人も増えているとか。そうはいうものの、所詮は薄型テレビとデジタルハイビジョンレコーダのセット売り。操作性が大きく改善するだけに訴求力は申し分ないが、セットで購入した客層にさらなる購買意欲を湧かせるのは難しい。買って終わり。そんなビジネスモデルだ。その点ソニーは、もう少し大きな立脚地からハイビジョンをとらえているようだ。ソニーの製品ラインナップを今一度整理してみよう。
薄型テレビ:BRAVIA
ビエラ、アクオスにすっかり先行を許してしまったが、ようやくソニーらしい高画質な薄型テレビブランドを確立。現在は国内でも認知度が高まってきた。
DVD/HDDレコーダ:スゴ録
こちらも松下「ディーガ」、東芝「RD」シリーズに押され気味だが、デジタルカメラ連携、PSP連携といった多機能性が魅力。BDレコーダの投入に期待がかかる。
家庭用ゲーム機:プレイステーション3
ハイビジョン出力、ブルーレイドライブを搭載した次世代ゲーム機。本年11月11日発売予定で、先日下位モデルが49800円に値下げされた。
デジタルカメラ:αシリーズ
ミノルタよりαシリーズ(一眼レフ)の資産を受け継ぎ、デジタル一眼レフ分野に進出。
ビデオカメラ:HDRシリーズ
HDV準拠の「HDR-HC3」が好調。加えてAVCHD仕様の「HDR-UX1」と「HDR-SR1」を投入し、ハイビジョンビデオカメラの先陣を切る。
こうして見渡してみると、静止画から動画、デジタル放送からエンターテイメントまで、ソニーは全方位で製品をそろえている。ここにBDレコーダが加わると、BDレコーダを軸にハイビジョンワールドが完成するという図式が浮き彫りになる。今後投入されるであろうBDレコーダは、単にデジタル放送(BRAVIA)と映画(市販BDタイトル)の受け皿にとどまらず、ゲーム(PS3)、ビデオ(HDRシリーズ)、さらには静止画(αシリーズ)の受け皿としても機能するわけだ。分野によっては他社に先行を許しているものの、ハイビジョンエコシステムを一社で構成できるのはソニーだけ。これは大きな強みとなる。ハイビジョンならソニー、おそらくはそんなキャッチフレーズで今後は展開してくるだろう。ただし、ハイビジョンには大きな落とし穴がある。
【ハイビジョンは所詮付加価値】
人はハイビジョンで動くのか。これが問題だ。レコードからCD、VHSテープからDVD。これらはアナログからデジタルへの大転換期だったが、人々がこぞってデジタルのハイクオリティに惹かれたわけではない。12センチの銀盤というコンパクトさ、ノイズ対策不要という手軽さ、いわば利便性があったからこそすみやかに移行したと考えられる。もう少し正確にいうと、クオリティと利便性の相乗効果により、すみやかにアナログからデジタルに移行できたわけだ。
しかしハイビジョンは、クオリティだけの進化である。
SD画質からHD画質への転換は、それこそテレビがモノクロからカラーに変わったときと同等以上のインパクトがある。解像力の向上は驚異的な立体感となって我々の目に映り、ひと目見ればもうSD画質に後戻りできない。ただ、そもそもクオリティの追求とは嗜好性が強く、一般層のニーズとは乖離している。はっきりいってしまえばマニアの世界だ。高画質――ただそれだけのために人は動くだろうか。
好むと好まざると、時代はハイビジョンに移行する。ハイビジョンビデオカメラが好調なのは、このやむを得ないハイビジョン化を先取りしてのことだ。きわめて具体的に指摘すると、「誕生する我が子はハイビジョンで残しておこう」これに尽きる。家庭のテレビはSD画質でも、とりあえず記録はハイビジョンで残しておきたい。それだけのこと。ハイビジョンビデオカメラの売れ行きをもってして、ハイビジョンがトレンドなどと読み誤ってはいけない。
薄型テレビにも同様のことがいえる。ハイビジョンで見たいからフルHDの薄型テレビを買うのではない。地上デジタル放送への切替と、テレビの買い換えが重複しただけと控えめに見積もった方が賢明だ。たしかに薄型テレビの普及は予想をはるかに超えているが、これも景気回復にともないマンションの売れ行きが好調というニュースと照らし合わせ、居住環境の変化に合わせてテレビを新調したと解釈すべきかもしれない。
人はコンテンツを欲するのであって、高画質映像を観たいのではない。フレッツスクエアの高解像度ムービーはさして話題にならないが、YouTubeの投稿ムービーにはアクセスが殺到した。画質ではない。コンテンツのおもしろさに人は群がるのだ。メーカーとしては年末商戦の目玉に次世代DVDレコーダを据えたいところだろう。ただ、薄型テレビのようにはいかない。DVDビデオの普及に「マトリックス」が大きく貢献したように、キラーコンテンツなしにブレイクはあり得ない。ハイビジョン化はしょせん付加価値だ――そう謙虚になれるメーカーにのみ、勝機が見えてくるはずだ。