Web2.0は村上春樹だ
Web2.0は村上春樹の小説によく似ている。どこか隙がある。隙という表現が相応しくないなら、自由な解釈を許す幅といおう。そのため村上春樹の作品を読んだ人は、「ボクはわたしはこの小説をこう理解した!」と、ついつい多弁になってしまう。ひと頃一世を風靡したアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」もそうした類の作品だ。これらに共通しているのは、口を挟む余地が残されている点。そしてその世界に精通していない人の発言も許してしまう度量の深さ。Web2.0とは何か、が重要なのではない。Web2.0について語り合うことが楽しいのだ。
【いまを総称する便宜的キーワード】
そもそもWeb2.0とは、ティム・オライリーがウェブ上で発表した「What is Web2.0」という論文に端を発する。しかし、現在Web2.0といったとき、ティム・オライリーが語っていない内容も含まれている点に留意したい。「What is Web2.0」で論じられている内容は、2005年前半程度までのウェブを中心としたものだ。それに対し、一般にWeb2.0といったとき、人々は現在(まさに今!)までのウェブ事情を含めて語る。いまは2006年8月。わずか一年というなかれ。ウェブにとって一年の差はとても大きい。Web2.0的でありながら、「What is Web2.0」で論じられていないサービスも多々あるはずだ。
つまりこういうことだ。人々は現在のウェブ事情を総称して、Web2.0という。明確な定義があるわけではない。特定のテクノロジーやサービスを指すわけでもない。前近代的なウェブに対し、現在のウェブを指し示す言葉として、Web2.0というキーワードはとても便利なのだ。こうしたことを踏まえ、いま改めてWeb2.0という事象を考えてみたい。
【横文字キーワードに惑わされるな】
Web2.0を象徴するキーワードは多岐にわたる。ざっと書き上げてみるとこんな感じだろう。
●ブログ、SNS、SBMなどによるコミュニケーション
ブログはトラックバックによって他の記事にリンクを貼り、コメントによってユーザーコミュニケーションが可能。SNS(ソーシャルネットワークサービス)は招待制を導入したクローズドコミュニティ。SBM(ソーシャルブックマーク)はブックマークを公開共有。流行りのホームページや人気ページを簡単に調べられる。ウェブ上でのコミュニケーション、ユーザー参加型サイトであることが重要だ。
●構造的なデータベース化
リンクはウェブのデータベース化に大きく貢献するが、従来型のリンクはリンク切れというデータベースにとって致命的な欠点があった。こうした点を改善したのがブログの固定リンク(パーマネントリンク)だ。記事を更新しても固定リンクのURLは不変なので、リンク切れが発生しない。この固定リンクの導入により、ウェブがより有機的に結合するようになった。また、タギング(キーワードによる分類)によって検索性を高めている点もデータベース化に貢献する。極論すると、ウェブ全体を巨大なデータベースとしてとらえていこうという動き。
●ロングテール現象
コンビニの棚は売れ筋商品で占められている。売れ筋商品が売り上げ全体の大きな割合を占めるわけだ。しかしアマゾンやiTunes Music Storeでは、売れ筋ランキングで末端順位の商品が売れ筋商品の売り上げを超えるという逆転現象が起きている。オンラインショップが商品をデータベース化することで利用者がニッチな商品も見つけやすくなり、結果として細分化したニーズに応えたというわけだ。
●ブラウザ以外からのネットアクセス
Google Desktop Searchの衝撃は、ウェブブラウザを使わずに検索できるという点に尽きる。iTMSもブラウザを使わずに音楽配信を実現。かつてインターネットといえばブラウザの向こう側にある世界だったが、現在では脱ブラウザといった動きが顕著になってきた。日本国内ではウェブブラウズ可能な携帯電話も普及し、ブラウザといった枠組みはますます無意味になる。
●AjaxによるSaaS
SaaS(Software as a Service)とは、ウェブ上でサービスとして展開するソフトウェアのこと。具体的にはブラウザ上で動く表計算ソフト、メーラー、ワープロなどがある。かつてソフトウェアといえばパソコンのHDDにインストールするものだったが、いまやウェブサーバー上にソフトウェアをインストールし、それをブラウザ上で操作できるようになった。こうしたサービスの開発に大きく貢献したのがAjaxと呼ばれる開発手法だ。以前からブラウザ上で動くソフトウェアは存在していたが、Ajaxベースのものは操作中に画面の書き換えがない。オーソドックスなソフトを使っているような感覚で操作できるのだ。
●集合知を活かしたサービス
ウェブ上でみんなの知恵を出し合って、問題を解決していこうというサービス。かねてから掲示板では似たようなことが行われていたが、それを検索可能なデータベースとして構築し、サービスに昇華させている。典型的なのがはてなの人力検索。ウェブ情報から検索するのではなく、質問に対して人が調べて回答してくれる。Wikiを利用した百科事典「Wikipedia」は、ユーザーが情報を書き込むことで日々事典として完成度を高めている。なお、Wikiとはブラウザ上で投稿編集が簡単に行えるコンテンツ管理システムのこと。
●マッシュアップ
Web2.0的サービスの多くは公開APIになっている。こうした複数のWeb2.0的サービスを組み合わせ、新たなサービスを生み出す手法のことをマッシュアップという。事件記事とGoggle Mapsを組み合わせたハザードマップが好例だ。
とまあ、いろいろあるが、これがWeb2.0のすべてというわけではない。しかしどうだろう、もっともらしい説明がついているものの、インターネットユーザーにとってはごく当たり前のことばかりが並んでいると感じないだろうか。「このサービスはマッシュアップを用いているからWeb2.0的だ」とか、「いまさらポータルなんて笑止千万。これからはユーザーコミュニケーションを重視したWeb2.0的サイトを構築しないと」なんていったところで、つい力の抜けた笑いが込み上げてしまう。なんだよこの人たち、当たり前のことをもったいつけて話してるだけじゃないか。そう感じたあなた、その感性はストレートに正しい!
かつてWeb2.0関連の原稿を依頼されたとき、「Web2.0とはコラボレーションサイトである」と結論づけたことがある。小難しい話はどうでもいいからさ、ウェブでみんなで楽しくなんかやろうよ! そんな空気がWeb2.0という言葉から伝わってきたからだ。たしかにブログやmixiのブレイク、ソーシャルブックマークサービスを念頭においたとき、Web2.0はコラボレーションサイトと定義できそうだ。しかし、コラボレーションという枠組みから逸脱したWeb2.0的サービスが存在するのも事実。コラボレーションやコミュニケーションはWeb2.0にとって重要なファクターではあるが、それが絶対条件というわけでもない。そして前述のようなWeb2.0を解説するキーワードを勉強するにつれ、Web2.0に対するとらえ方が自分のなかで変わっていった。Web2.0を支える技術にとらわれていてはWeb2.0を理解できない。――なんだよこの人たち、当たり前のことをもったいつけて話してるだけじゃないか――この感じ方がWeb2.0を理解する導線になりそうだ。
【意訳すると、いまどきのインターネット】
Web2.0なんて結局、いま目の前にあるインターネットのことにすぎない。いまどきのインターネット、それがWeb2.0だ。そう開き直ってみると、俄然見通しがよくなる。いまWeb2.0と騒いでいるのは、ウェブ(およびインターネット)がここにきてやっと歴史を語るに値するようになったというだけのこと。日本でインターネットブームが巻き起こったのは1996年前後、約10年前だ。その当時のウェブと現在のウェブを比較したとき、明らかなちがいがある。ティム・オライリーの「What is Web2.0」という論文はまさにこの現在と過去のちがいを多角的に分析したものだ。けっしてトレンドキーワードやビジネスタームとしてWeb2.0という言葉を煽ったものではない。Web2.0をビジネスタームとして取り扱っているのは、このキーワードでひと山当てようと目論んでいる、本来ウェブと無関係な人たちだという事実は理解しておくべきだろう。
90年代はインターネットそのものが目的だった。家電量販店で「インターネットください」というと、モデム搭載のバリューPCを見繕ってくれた時代。インターネットとは商品であり、インターネットにつないでホームページを見るということがユーザーの目的だった。だからこそ閲覧者を集めるポータルが重要性を帯びたのだ。方や現在、インターネット接続は当たり前のこととして、ウェブの上で何ができるか、どう楽しめるかに関心が集まっている。つまり、はじめにインターネットありき。ホームページを見ることよりも、ウェブ上で何をするかが最大関心事であり、情報よりもサービスにウェイトが移った。その結果ブレイクしたのがブログでありSNSであり、構造的なデータベース化が功を奏した効率的な検索機能なのだ。平たく言えば、インターネットは普及期から成熟期に移行した。インターネットはインフラとして認知され、人々はインターネットのない生活を想像できなくなりつつある。なるほど、インターネットがなくても人は死なない。しかしメールがなければ、あなたの仕事は完全に頓挫するだろう。仕事とは命の糧を稼ぐこと。インターネット不能な生活は日常生活者としての死を意味する。こうしたインターネットの変化を、様々な技術用語を尽くして語ったのがWeb2.0ブームの正体だ。
【ネットは学術に昇華した!?】
いま書店にいくとWeb2.0周辺本が山積みされている。Web2.0のセミナーも数多く催されている。本を読まなくてもセミナーに参加しなくても、あなたはすでにWeb2.0を知っている。少なくとも日々体感している。しかしだからといって、Web2.0を支える数々のテクノロジー、そしてWeb2.0を分析するテクニカルタームを蔑ろにするつもりはない。なぜならWeb2.0ブームは、インターネットが学問に値することを証明した出来事だからだ。ティム・オライリーの「What is Web2.0」をはじめ、各種周辺本に書かれている内容は、いまのウェブを多角的に分析したものだ。目の前の現象を整理し、そのなかから規則性や法則を見いだすアプローチは、まさに学術である。ことWeb2.0の解説は経済学を彷彿させやしないか。経済は総じて人の営みであり、インターネットも結局は人の生活に根ざしている。一見無秩序な人のふるまいを、過去との比較や規則性を駆使し、整理分類しようという動きは、経済学にもWeb2.0にも共通しているように思えるのだ。
ウェブは学問に値する。Web2.0とはその証明方程式――。村上春樹の小説を咀嚼するように、そんな勝手な解釈をつけてみた。
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