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October 10, 2004

「アフターダーク」読了

村上春樹「アフターダーク」を読んだ。
正直なところ、かなり困惑している。
人によっては駄作と言い切ってしまうだろう。
そう言い切ってしまえば読み手として
ずいぶん楽になれる。でも、そうさせてくれない……。

「ねじまき鳥クロニクル」「海辺のカフカ」のような
スケールの大きい物語ではない。
むしろ、「羊をめぐる冒険」に見られる、日常性を保ちつつ
こちら側とあちら側が交錯する物語だ。
ただ、初期作品の焼き直しというわけではない。
「ねじまき鳥クロニクル」以降の作品に顕著な
ボーダーレスな世界がメインテーマになっている。

平凡な日常と暴力的な世界。

それは決して「こちら側とあちら側」ではなく、
地続きであるという認識。
いまこのとき、ある場所で人が生まれ、
また別のところでは暴力で人が死に、
そして自分は喫茶店でコーヒーをすすっている。
それはこちら側とあちら側という境界があるのではなく、
白と黒という具合に分かれているのではなく、
無段階階調の灰色によって地続きである。
そのことは「アフターダーク」がもっとも
わかりやすく描かれていると思う。

そのための仕掛けとして、新たな語り手が用意されている。
読み手の視点(視線)を導く語り手、という三人称。
神の視点と言い換えてもいいだろう。
ボーダーレスな世界を見降ろす視点だ。
こうした特殊な三人称にたどりついたこと自体、
作家にとって大きな挑戦と成長を意味していると思う。
そしてもうひとつ、「ねじまき鳥クロニクル」と「海辺のカフカ」
では、どこかにたどり着けそうでたどり着けない
という歯がゆさがあったが、「アフターダーク」は
確実にどこかにたどり着けている。

けっして大円団な場所(結末)ではないのだが……。

初期の村上作品は、いわゆる「自分探しの旅」が
メインテーマであり、「僕」をめぐる物語のおもしろさが特徴だった。
ここ最近の作品は、ボーダーレスな世界の中で
「僕」は「世界」とどう折り合いをつけていくのか、
という観点にシフトしていると思う。
「世界」という巨大なスケールと、
「個人」というミニマムな存在。
その両極端な接点を描くためにここ数年の
村上春樹は葛藤しているのではないか。
幸いなことに、その接点(折り合いの付け方)は、
「アフターダーク」で描き切れているような気がする。
少なくとも、「ねじまき鳥クロニクル」や「海辺のカフカ」
よりもわかりやすい。ただ、作品としてのおもしろさはどうか?
初期作品に見られる足下をすくわれるような不安感はあるか?

残念ながら、否と言わざるを得ない。

村上作品は解釈を読み手に委ねがちだ。
この作品ではより多くの部分を読み手に委ねている。
解説ではなく、感想をいうのであれば、
テーマには深く共感できる。
でも、ストーリーはさほどおもしろくない。
そんなところだろうか。

とはいえ、読了まで4時間。一気に読み通した。
引き込まれる小説であるのは揺るぎがたい事実だ。

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