羽幌炭坑の怪
稚内と石狩の中間に、羽幌と呼ばれる小さな町がある。
羽幌は知る人ぞ知る町だ。アンモナイトや二枚貝の化石が
数多く出土し、その手の研究者がよく長逗留している。
また、天売島行きのフェリーの出航地としても有名だ。
そしてもうひとつ、羽幌は廃坑の町でもある。
海岸から十数キロ、細い道を山側へ向かうと、
筑別炭坑、羽幌炭坑、上羽幌炭坑がある。
この三つを総称して羽幌炭坑を呼んでいる。
正確には、呼んでいた。
羽幌ユースホステルのペアレント(オーナー)に
羽幌炭坑の正確な位置を尋ねる。
あんたも物好きだね、そんな顔つきで
彼は炭坑の場所を教えてくれた。
かつてはホステラー(宿泊客)を廃坑に
案内していたこともあったらしい。
ただ、突然気分のわるくなる者、
「もうこれ以上先に進めない!」と
騒ぎ出す者など、いわゆる霊におびえる
者が続出。最近は案内をやめてしまったという。
産業遺跡にはありがちな話だ。
その日は朝から雨だった。
断続的に強い雨が降る。
やむと雲のすき間から、
初秋の日差しが照りつける。
喜怒哀楽の激しい天気だ。
相棒の運転するレンタカーで奥地へ進む。
進むに連れ、相棒の愚痴が増える。
道が狭い。これじゃあ離合できない……。
おびえを愚痴でごまかしているのだろう。
なだめながら先を急ぐ。
廃屋が見えてきた。炭坑住宅跡だ。
見た目はただのあばら屋だが、
暗い年月があたりに降り積もる。
炭坑鉄道、選炭場の跡も点在する。
遠巻きにして写真を撮る。
建物のそばに近づけても、
さすがに中に入るのは気が引ける。
黒ずんだ建物の上空を、厚い雲が通りすぎる。
雨粒が草木をゆらす。張りつめた空気は、
霊感がなくても感じ取れる。
無人団地へクルマを進める。
細い獣道の両脇に、4階建ての団地が並ぶ。
廃坑といっても、羽幌炭坑は昭和40年代まで
使われていた。生活臭の残滓が見える。
獣道に踏み込もうとしてとき、突如強い雨が降る。
あわててクルマに引き返す。近寄るな、という警告……。
そんな気がして相棒とともにしばし黙り込む。
白いライトバンが忍び寄るように現われた。
息を呑む。ライトバンは我々の隣に停車した。
ドライバーがパワーウィンドウを下げる。
そして僕を見てニタリと嗤う。
あんたも好きだな。きのこ取りだろ?
おっさんはクルマごと獣道に突っ込んでいく。
雨降り仕切る羽幌の無人団地、
それは地元民しか知らない極上のきのこポイント。
産業遺跡なんて、その程度のモンだ(T_T)
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