原稿でダメ出しをくらった。お題目は単体ハイエンドプリンタ。いまやメインストリームは複合機だが、画質を求めるなら単体ハイエンドプリンタだね、というコンテンツだ。エプソン「PX-G930」を借り受け、手持ちのキヤノン「MP960」と比較してみたところ、PX-G930はかなりイケてるプリンタだった。そこで思いの丈をブチまけてみたのだが、「ハイスペックプリンタが高画質なのはアタリマエ、原稿のテンションが高いからリライトしてね」という指示だった。
一応これでも、90年代後半から数多くのカラーイメージング機器をテストしてきた。テンションが高くなったのは、それなりに理由があってのこと。ハイエンドプリンタはスペックがいいから高画質、という編集者の画一的な見方に疑問を感じる。仕事のグチになって恐縮だが、今回はスペックと画質の関係を考えてみたい。
【スペックから読み解く画質の優劣】
まずはスペックを比較してみよう。PX-G930とMP960の特徴は以下のようになる。
PX-G930
・セミプロ仕様のA4単体プリンタ
・Adobe RGB対応
・8色インク(内ひとつはグロス系インク)
・発色特性のよい顔料インク
・インクドットは最小1.5pl
MP960
・キヤノン複合機の最高峰モデル
・プリント機能は同社A4単体ハイエンド機と同等と思われる
・7色インク
・1plの微少インクドット
PX-G930はA3クラスの性能をA4プリンタで実現しているのが特徴。一方MP960は、複合機でありながら単体プリンタクラスの画質を備えているのが強みといえる。キヤノンのアドバンテージは1plという極小インクドット。粒状感はほぼ皆無で、なめらかな仕上がりだ。エプソンは発色のよい顔料インクと光沢感を向上するグロスオプティマイザが強み。もちろんAdobe RGB対応という点はデジイチユーザーにとって大きな魅力となる。
実際にプリントしたものを見比べると、PX-G930はわずかにインクの粒状感が気になる。しかし、発色の落ち着き方が実に気持ちいい。「顔料インクだから発色がいい」という表現は、どことなく鮮やかな色合いを想起させる。しかし単に鮮やかということではなく、深みのある発色だ。片やMP960はやや黄色に偏る。これはここ最近のキヤノンの傾向。必ずしも日本人好みとは思えないが、ワールドワイドで展開するためのカラーバランスなのかもしれない。
【ぬり絵的高画質の向こうにあるものは!?】
ここまでの比較では、両者それぞれの良さがあるという結論だ。キヤノンの1plはやはり強烈で、粒状感ほぼ皆無のなめらかさは特筆モノ。とはいえエプソンの深みのある色合いも気持ちいい。ハイエンド製品はさすが、そんなありきたりな感想に落ち着いた。しかし、下の画像をプリントしたとき、ぼくは冷静さを失った。PX-G930とMP960の決定的なちがいが浮き彫りになったからだ。

EOS 20D + EF24-70mm F2.8L USM
EOS 20Dを使ってAdobe RGBモードで撮影し、その後SILKYPIX 3.0で加工している。画面ではわかりづらいかもしれないが、カメラ底部の影が黒つぶれし、コンディションはあまりよくない画像だ。これをPX-G930とMP960でプリントしてみた。各々プリンタドライバの補正機能をONにし、プリント用紙は富士フイルム「写真仕上げPro」を使った。メーカー専用紙を使わなかった理由は、ある種の公平性を期すためだ。用紙に記されている推奨用紙設定に準じ、PX-G930は「写真用紙」で、MP960は「プロフォトペーパー」に設定して印刷している。なお、掲載にあたってGT-X900でスキャンを行った。解像度は600dpi。その後傾き修正とゴミ取りを施してリサイズしている。

左がキヤノン「MP960」、右がエプソン「PX-G930」だ。比較前に注釈しておきたいことがある。MP960の色味がオリジナル画像と異なっているが、これはモノトーンライクなプリントをスキャンしたためだ。実物のプリントサンプルでは、MP960がオリジナルに忠実で、かすかに緑がかった色合いを再現。むしろPX-G930の方がセピアトーンに転んでいる。そうした画像をスキャンしたことで、さらに色調が逆転してしまった。しかし、今回問題にしたいのはこうした色調の話ではない。注目してほしいのはカメラ底部と画像の右上だ。
MP960のプリントはハデにトーンジャンプしている。オリジナル画像の階調性が破綻しているのでこれは画像に忠実ということなのだが、その上コントラストをいくぶん高めているらしく、このようなハデなトーンジャンプが発生した。なお、誤解のないように付記しておくと、これはけっしてMP960の性能がわるいというサンプルケースではない。MP960はオリジナル画像を比較的ストレートに、その上で見栄えよくするため若干コントラストを上げる特性があるようだ。一般にデジタルカメラは、白飛びや黒つぶれを回避するためにコントラストを抑えめにして記録する。そうしたやや眠たい画像をコントラストアップで整えていくれるわけだ。
さて、PX-G930のプリントを見てみよう。カメラ底部にかすかに黒つぶれが認められるが、オリジナル以下に抑えられている。粘りのある描画とでもいおうか、まるでネガフィルムのような表現力だ。この仕上がりを見て、ぼくは俄然PX-G930が気に入った。手持ちの画像を次々にプリントアウトしてみた。
これらのサンプルは、フィルムスキャンした画像をSILKYPIX 3.0でLOMO風に加工したものだ。クロス現像とまではいわないが、かなりギトッとした色合いにしてある。それをPX-G930でプリントし、スキャンしている。まあいろいろと作業工程がややこしいが(笑)、こってりとした色合い、ただハデなのではなく、世界が目の前にあるような濃密さは伝わってくると思う。
色の深みと粘り――その結果PX-G930というプリンタは、写真っぽい高画質ではなく、写真そのものの濃厚さを目指しているのではないか。インクジェットプリンタは、どれだけインク数を増やしても、インクドットを微細化しても、どこか塗り絵的な世界観から抜け出せなかった。その点PX-G930でプリントしたものは、手にした瞬間「ああ、これが写真だよなあ」と実感できた。「わあキレイ、写真みたい!」ではない。単純に「これは写真だ」と認められるクオリティ。実際の紙焼き写真と比べたりしなくても、またスペックや技術的ウンチクをまったく知らない人たちでも、それは実感できるはず。だからこそぼくは、テンションの高い原稿を書いた。わざと書いたのではない。いい製品に触れたから、勝手にテンションが上がったのだ。
【スペックよりも自分の目と感動が指標】
ボツになった原稿はこんな文章で締めくくった。
「インク数とか解像度とか、はたまたインクドット○plとか、そんな数字で画質は計れない。プリントしたものを手にしたとき、「写真」と思えるか否か。画質は感動指数、なんてキャッチコピーが浮かぶほどにPX-G930のプリントは美しい」
ここまでブログ記事を読んでくれた人ならば、言わんとすることはわかってもらえるだろう。しかし、編集者からの赤入れはこんな具合だ。
「低価格プリンタの救済的結論としてならいざしらず、PX-G930はハイエンド機。あなたが否定したインク数やスペックにこそメリットがあるんじゃないですか!?」
彼の赤入れを全面否定するつもりはない。PX-G930はA4プリンタとして最高峰の性能を備えている。ハイスペックだからこそ高画質なのだ。しかしこれは結果論であって、ハイスペックは高画質のお墨付きになりえない。たとえばレックスマークというプリンタメーカーがある。かつてプリンタが解像度競争をしていた当時、この会社もエプソンやキヤノンと同程度の解像度を誇るプリンタをリリースしていた。しかし悲しいかな、画質はあまりにお粗末……。高画質とはハイスペックの結果論であり、けっしてハイスペック自体が高画質を証明するわけではない。これをはき違えた人々を、スペック信者、スペック偏重主義と呼ぶ。
デジタル畑はスペック信仰者が多い。パソコン、デジタルカメラ、デジタル家電など、どの分野も依然スペックをありがたがる風潮が抜けきらない。デジタルは所詮、効率性を求めたアナログの置換だ。デジタルがドットという概念を捨てない限り、どれだけ解像度を高めても真円すら描けない。色調にいたってはRGB各色256段階でしかあらわせない。デジタルとは詰まるところ、そういう世界だ。数々の制約を抱えながら、メーカーは技術力を高めてきた。特にこの10年、カラーイメージング機器の進歩は飛躍的だ。しかし、こうした技術的進歩はアプローチのひとつでしかない。スペックが美醜を決めるのではない。我々の目が、我々の感性が美しさを決めるのだ。
ぼくにとってPX-G930とは、ハイスペックだから高画質なのではない。プリントしたものを手にしたとき、「写真だ!」と感じられたから高画質なのだ。写真高画質という言葉はもはや陳腐だが、そのレベルは多くのプリンタがクリアしている。その上でPX-G930は写真表現の領域に踏み込んだ気がした。基準や感じ方は人それぞれだろう。ただ、デジタル畑十数年のライターとして、その感動を読者に伝えたかった。
残念ながらその機会は失われてしまったけど、ここにひっそりと記しておくことで、こんな駄文も誰かの役に立つかもしれない。いまさらスペック偏重主義を嘆くのもずいぶんと青臭い話だが、ぼくが言いたいことはひとつ。ハイクオリティを装ったものと、真のクオリティを宿しているもののちがい、それを見抜くことが大切だ。
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