Angenieux 35/2.5 やわらかさの正体
「ジョン・レノンって、Exaktaにアンジェニューつけて撮ってたんだって」そんな話を聞いた。ぼくのギターの腕前は、かろうじてFが押さえられる程度。それでも「Imagine」だけは弾ける。ジョン・レノンはかなり好きだ。ならば買うしかないだろ、アンジェニュー! そんなわけで、P. Angenieux Paris 35mm/f2.5を手に入れた。
Angenieuxは映画用カメラに端を発するフランス製レンズだ。ぼくが手に入れたAngenieux 35mm/f2.5はR1と呼ばれるタイプで、1950年代に作られたらしい。詳細はここを参照するといいだろう。物欲をほどよく刺激してくれます(笑)。レンズの口径は51.5mmとイレギュラーなサイズ。ムリだろうと思いながらためしに52mm径のフィルターを付けてみたら、なぜか付く。でも途中で止まって動かなくなった……。どうやら前のオーナーは無理矢理52mm径フィルターを付けていたらしい。ちなみに、MS OPTICAL R&DからM51.5システムフードというものが発売されていて、これはジャストサイズで付くようだ。ただ、例によってここのフードは高い。まだ購入のフンギリがつきません。
一般にこのレンズはやわらかい描写をするといわれている。やわらかいといえば軟調、軟調といえば低コントラスト。低コントラストといえば、クラシックレンズにありがちなフレアっぽい写り……。う~む、どうなんだろう。現にAngenieuxの描写は好き嫌いがわかれるらしい。やわらかさとは単に低コントラストなのか、それとも別の要因があるのか!? Angenieuxのやわらかさの正体を考察してみたい。
【見ればわかるこの柔らかさ】
まずは論より証拠、Exakta VX1000につけて撮ったサンプルを見てもらおう。フィルムはFUJICOLOR Super400FTを使い、GT-X900でスキャンしている。スキャナは白飛びと黒つぶれを回避するためにダイナミックレンジを狭める傾向があるので、Lightroomに読み込んで「トーンカーブ-Lightroom初期設定」でシャドウを若干落としている。上段がスキャン直後の画像、下段がLightroomで補正した画像だ。
もう見るからにフワフワだ。コントラストはあきらかに低い。しかし、フレアのような浮き足だった描写ではなく、気持ちいい軽さがある。Lightroomでシャドウを引き締めたところで、その軽さは揺らがない。単に低コントラストだからやわらかい、ということではなさそうだ。別の要因としてまっさきに思い浮かぶのは、彩度が低いこと。時代的にシングルコーティングなので、発色がくすむのはやむなし。では、レタッチで高彩度に加工したらどうなるだろう。
SILKYPIX3.0でトイカメラ風に加工してみた。たしかに被写体は際立つが、柔らかさの対極にあるシャープさや過激さはない。ここまで手を加えてもどこか軽い。ピントが甘い? たしかにその通り。これらの写真はジャスピンではない。Angenieuxはピントの山がつかみづらく、実際にファインダーをのぞいた印象としては、どこにでもピントが合っているような錯覚に陥る。ただ、Angenieuxのピント合わせに関しては、どうもこういうものらしい。知り合いの写真家さんとデジカメライターさんに聞いてみたところ、厳密にピントを合わせてシャープに撮るのではなく、感覚的に撮るのがAngenieuxの気分なのだとか。
しかし、どうなんだろう。低コントラスト+低彩度+ピン甘=やわらかさ。これがAngenieuxの味といわれても、どうもナットクできない。こうなれば奥の手、デジタルドメインで検証してみよう。
【ヒストグラムから柔らかさは見えるか!?】
マウントアダプタを介してAngenieuxをEOS 20Dに装着し、屋内テスト撮影を行ってみた。対抗馬として用意したのはCarl Zeiss Jena MC FLEKTOGON 35mm/f2.4だ。絞りはF3.5近辺、シャッタースピードは1/8秒。Digital Photo Professional 3.0で現像している。
EOS 20D + P. Angenieux Paris 35mm/f2.5
EOS 20D + MC FLEKTOGON 35mm/f2.4
Angenieuxの方がやや暗めに写っているが、これは数カット撮っても同じ傾向だった。その理由はヒストグラムを見るとわかる。露出がアンダーなのではなくて、FLEKTOGONがハイコントラストなのだ。ヒストグラムを見ると、FLEKTOGONの方が高輝度方向に伸張しているのがわかる。Angenieuxはグラフの右端にほとんどデータがなく、ダイナミックレンジが狭い。しかし、シャドウ部にしっかりとデータが存在するため、フレアのような浮き足だった写真にならず、低コントラストでありながら気持ちのよい絵を描いている。コントラストが低くても眠くならない。これはAngenieuxの特徴だ。
色調に関しても興味深いことが見えてくる。FLEKTOGONと比較した場合、Angenieuxは緑が強めに出て、青は沈む(明度が落ちる)傾向にある。RGB各色のデータ量を比べると、Angenieuxはけっして彩度が低いわけでも色褪せているわけでもない。アンバーっぽくかぶるものの、色情報は豊かだ。これは先に挙げた補正例からも見て取れる。Lightroomでシャドウを引き締めたとき、コントラスト向上に合わせて色が強くなった。SILKYPIX3.0で彩度を高めることができたのも、写真に十分な色情報があればこそ。シングルコーティングだから色が褪せる!? これは早計だった。
【フラットなボケ味に最大のヒミツが!】
先のテスト画像でカメラのロゴに注目してほしい。「EXA 1b」と書かれているのだが、FLEKTOGONの画像では読み取れない。片やAngenieuxはかろうじて読み取れる。どちらも同じF3.5での撮影。レンズが異なればボケ味は異なって当然だが、このボケ味にこそAngenieuxのテイストが隠されているとぼくはにらんでいる。
それぞれ加工してしまった画像だが、F3.5~5.6ぐらいで撮影している。注目してほしいのはボケ方だ。一般に手前にあるものはボケが小さく、遠く離れていくに従って大きくボケていく。これが遠近感の演出となるわけだ。上の作例はたっぷりとボケているし立体感もある。しかし、どこかフラットな印象を受けないだろうか。立体的なのに、遠近感が圧縮されたような世界。適切な言葉が見つからずに悩んでいたところ、知り合いの写真家さんにいい表現を教えてもらった。こういう空間をボケが浅いというらしい。なるほど、そういうことか。やっとやわらかさの正体をつかんだような気がする。
【反語としての濃密な写り】
Angenieuxはたしかにやわらかい写りをするレンズだ。でも今回こうやって考察してみて、いまはちょっとちがった印象を抱いている。やわらかい写りは軽さに通じるが、実はAngenieuxというレンズ、やわらかくも濃密なのではないか。低コントラストというよりも、ダイナミックレンジの圧縮。褪せた色合いではなく、アンバーよりの豊かな色彩。そして遠近感を封じ込めたような浅いボケ味。何ひとつ削がれていない。むしろ密度を高めることで独自の世界を描いているのではないか。そんな気がしてならない。
Angenieuxの写真をデジタルドメインに持ち込んだとき、その秘められたポテンシャルを解き放つことができる。たとえば、こんな風に。

EOS 20D / Exakta VX1000 + P. Angenieux Paris 35mm/f2.5
封じ込めた光を解き放つことで、Angenieuxの絵はハードにもライトにも変貌する。邪道な遊び方かもしれない。でもぼくはこんな風に、このレンズと付き合っていきたいと思う。
●そのほかの作例は随時こちらに掲載しています。
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Comments
やわらかさのデータ的検証、面白いです!
それにしても、高圧送電線の写真に脳天直撃されました。
カッコイイ!
Posted by: ジュンイチ | April 07, 2007 at 10:10 AM
フィルムで撮っているとき、Angenieuxは淡い色で写るという印象があったのですが、デジタルで撮ってヒストグラムを見ると必ずしもそうじゃない……。自分で試しておいてなんですが、とてもいい勉強になりました。レンズ、奥が深いなあ。
送電線の写真は仕事部屋の窓から撮ったものです。レンズの無限遠テストはいつもこいつです(笑)。
Posted by: metalmickey | April 07, 2007 at 10:29 AM
アンゼニューはねむいけれども芯があるんですよね。
よわよわしくみえるけれども実は骨がある男って感じですか???
Posted by: タカ | April 07, 2007 at 12:19 PM
> ねむいけど芯がある
いやあ、ほんとその通りです。
そのひと言に尽きると思います。
そのひと言にたどり着くまでに、
たくさん言葉を無駄遣いしてしまいました(汗)。
Posted by: metalmickey | April 07, 2007 at 12:29 PM
初めまして、F1GPフォトグラファーの宮田と申します。
個人的なブログの方でRD1sからM8etc...を使用してます。
8枚玉も単体、眼鏡付きと所有してますが、
最近は単体の出番が多い気がします。
Angenieuxの考察(笑)とても参考になりました!
実はパリのブログを個人的に掲載してますが、
(http://microparis.exblog.jp/)
どうしてもAngenieuxでパリを撮りたい!と思いが日増しに強くなり、
「Angenieux」の検索でこのサイトに辿り着きました。
個人的にはライカマウントの28mm、35mmの玉が欲しいんですけど...
またよらせていただきます。
Posted by: 宮田@F1SCENE | May 03, 2008 at 08:28 AM
はじめまして。澤村です。
プロの方からのコメント、大変励みになります。
ブログのお写真を拝見し、いつかノクティルクスで撮ってみたいという気持ちを強くしました。
ぼくもM8を手に入れてからアンジェニューを付けてみたいと思い、手持ちのエキザクタマウントのアンジェニューをLマウント改造しようかと画策している最中です。実行したらまたレポートしたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
Posted by: metalmickey | May 03, 2008 at 07:32 PM